vol.48 変わりゆく役割
テレビはそんなに見るほうではありませんが、見ているものの内容は大きく4つに分かれます。ニュース、ドキュメンタリー、映画、そして旅番組です。さて、今の日本で一番よく見られている、ある種国民的な人気の旅番組ってなんでしょう。具体的に数字を見たわけではないのですが、それは火野正平さんの「にっぽん縦断こころ旅」と出川哲朗さんの「充電させてもらえませんか?」の2つではないでしょうか。
後者は最初のうちはよく見ていたのですが、ちょっと芸能界のテイストが強すぎるなあと感じるようになって(お金にけっこう糸目をつけてないように見えるところや、ゲストを迎えて行く先々の街で地元の人を呼んで集めているところとか)最近はほとんど見ていません。でも企画としてはとても面白いし、電動バイクというスローな乗り物を使うからこその景色が見られるのが良い好番組だと思います。
それにしても、火野さんや出川さんがこのような「国民的に愛されるキャラ」になるって一体誰が想像したでしょうか。たぶん本人もしていなかったと思います。かつて火野さんは「女泣かせ俳優の代表格」で、出川さんは「抱かれたくない男No.1」でした。
もっとも火野さんについては、僕の女性の友人は「たくさん関係しても、別れた後で彼の悪口を言っている女性はいない」と高評価ですし、漫画家の田房永子さんも著書の中で「火野正平だけは私のような女でもちゃんと受け止めてくれそう」と書いていました。火野さんディスはモテる男に対する、同性からのやっかみも多そうです。ついでに書くと、僕もモテる(&モテそうな)男子にはなんとなく反感をおぼえてしまうのですが(恥)、火野さんに対してはそういう感情がわきません。不思議。
つい最近、ケーブルテレビで武田鉄矢主演の「刑事物語」をやっていたのですが、亡くなった樹木希林さんが完全なコメディエンヌで、言動のおかしな婦警の役なんです。見ていて「ああ、そう言えばこの人って昔はこんな役回りだったよな」と思いました。気がつけば大女優になっていた。それはたぶん、今は世界的な映画監督になった是枝裕和さんの絶大な信頼と評価も影響ありそうですが、ともかく彼女の立ち位置がいつの間にか変わってしまったということなのだと思います。
刑事物語の主題歌、吉田拓郎の「唇をかみしめて」。
映画で流れていたのとは違うヴァージョンです
同じようなことは、ベテランのミュージシャンにもよく起こります。長く続けていると、音楽性が変化していくか、スタンスは変わらないのに社会のほうが変わっていくかどちらかのパターンになります。最近のテレビ番組では彼女に付き合ってよく織田裕二出演の「ヒューマニエンス」を見ているのですが、この番組はBGMにプログレッシヴ・ロック(プログレ)の名曲をよく使っています。と言うか、ほとんどプログレしばり。きっとプロデューサーがプログレ大好きおじさんなんでしょう(笑)。
番組のメインテーマになっているのはUK5大プログレバンドの一つキング・クリムゾン(以下キンクリ)の名曲「21世紀の精神異常者」なのですが、キンクリ曲は他にも通称「ディシプリン期」のものも使われています。ディシプリン期というのは、キンクリが1981年に発表したアルバム「ディシプリン」にちなんでつけられた分類で、それまでの音楽性と全くかけ離れた作品の登場にそれまでのファンは呆然とし、これが受け入れられるかどうかで派閥が分かれました。
キンクリの精神異常者。マイケル・ジャイルズのドラムが鬼カッコいい
「21世紀の~」はいわゆるプログレの「ひな形」を作り上げた名曲で、すぐに多くのフォロワーが現れシーンを形作っていった作品です。一方でディシプリン期3枚の音楽はリーダーのロバート・フリップとエイドリアン・ブリューのツインギターがベース&ドラムとリズムをずらしながらひたすらミニマルに絡み合う斬新すぎるサウンドで、当時はほとんど誰もついていけませんでした。
でも、好きか嫌いかは別にして、この頃の音楽は「同時代性」のようなものを超越しているせいか、今聞くとすごく新しいです。21世紀のほうは、タイトルが今世紀なのにある意味すごくレトロな感じがします(笑)。キンクリだけでなく、長く続けている多くのミュージシャンが生き残りをかけて音楽性を変化させていってるので、同じようにシーンにおける立ち位置の変化が起こっています。
キンクリのディシプリン。
若者だとこっちのほうがカッコいいと感じる人も多いのでは
最近、東京ヤクルトスワローズの村上宗隆さんの大活躍で再注目されているのが、元巨人&元大リーガー松井秀喜さん。村上選手は松井選手から20年ぶりの50本ホームランを達成しましたが、松井ってそんなにすごかったんだと改めて思いました。しかしそんな大打者松井も大リーグではいろいろと悩み、ホームランバッターではなくクラッチヒッターとして生きる決断をします。
クラッチヒッターとは「チャンスに強いバッター」のこと。彼も役割を新しいものにかえたんですね。ミュージシャンが音楽性を変えるのと同じようなことかもしれません。長距離を狙ったバッティングではなくここぞという時にヒットを打つスタイルにかえた松井さんは、ヤンキース時代ワールドシリーズ優勝を決める試合で6打点を叩き出しMVPに選ばれました。剛腕の先発エースから老獪なリリーフピッチャーになった江夏豊さんなども同じパターンですかね。伝説の「江夏の21球」は日本シリーズ最終戦のリリーフ時のものですし。
では、役割や立ち位置をかえたリンゴってあるのでしょうか。一つ思い浮かぶとすれば、それは「紅玉」ではないかと。明治時代にようやく日本に入ってきたリンゴは、当初は今の品種ほど甘くありませんでした。国光やこの紅玉が主力品種で、当時の人たちはこの果実のことを「ちょっと酸っぱい」とか「そんなに甘くはない」という認識を持ちつつ生で食べていたと思います。
しかし日本人好みの甘い新品種が次々と開発され、紅玉をわざわざ生で食べる人は少なくなりました。一時はかなり需要が下火で、農家の人はともかく一般の人にとっては「忘れられた品種」になっていたようです。ところが近年はアップルパイなどの材料としてのポテンシャルが見直され、「生食以外の役割」を担う代表的な品種としてよみがえりました。
こちらは音楽で言えば、頑固一徹ずっと同じ音楽性を貫いていたら社会のほうの受け止め方が変わったパターンになるでしょうか。人にも音楽にもリンゴにも歴史あり。リンゴが歩んできたヒストリーに想いを馳せながら、今日も一つ食べてみましょう。
2022/9/22