vol.25 あえてドメスティック
日本では初となるインドへのリンゴの輸出が昨年12月から開始されました。リンゴはもちろん、国内最大のリンゴ産出都道府県であるこの青森で作られたものです。品種は「ふじ」や「王林」だとのこと。僕はこのニュースを夕方のローカルニュース番組で観ていたのですが、インドからは10年くらい前から取引の打診を受けていて、ずっと協議を続けてきた結果なのだという経緯に驚きました。
番組でもとりあげられていましたが、日本人の中にはあまり「インドでリンゴ」というイメージはありません。ところがインドは中国、アメリカ、トルコ、ポーランドに次いで世界5位のリンゴ産出国なのでした。そのほとんどがヒマラヤ山脈近くの寒冷な地域で栽培されるそうです。また、インドと言えばカレーですが、インドではリンゴは生で食べるのが主なようです。今、インドは人口が12億人に膨れ上がり、あと10年も経てば中国を抜くだろうと予測されています。世界5位の生産量を誇っても、国内だけでは需要に追い付かなくなったのかもしれませんね。青森のリンゴ産業にとって良い追い風になればと思います。
最近はリンゴに限らずマーケットの国際化が進んでいますよね。もちろん国産品の質の高さがあるから世界に打って出られるわけですが「日本の物価の安価化」も影響があると思います。その例として、日本では外食がものすごく安いということが挙げられます。一昨年に取材で行った北欧のデンマークは高福祉・重税で知られていますが、小さなオープンサンドウィッチ一皿とコーヒー一杯で3000円近くしました。現地の友人たちは「高いから外食はほとんどしない」と言ってました。
つい最近も、100円ショップなんて日本以外にはないというニュースが話題になっていました。日本産のものは今、「高くても質がいい」から「安いのに質が高い」へと価値が変わりつつあるんです。単価が安くなったというのはネガティヴな要素だけではないのかもしれません。質が高いというブランディングを守る限り、逆に輸出の際に強力なセールスポイントになると思います。
さて、日本のものに限らず「質が良くてもなかなか輸出されない」と言えば音楽が代表的でしょう。まず一つに、言語の問題があります。世界で最も巨大な音楽産業は英語圏、とくにアメリカを中心に展開されています。マーケットの巨大さでは中国やインド、ヒスパニック圏も負けてはいないのでしょうが、有力な輸出コンテンツになりうるかと言うとそれは疑問です。基本的にドメスティック(国内)な範囲でできるだけ盛り上がるにとどまるでしょう。
ただ、最近そうした常識を打ち破る衝撃的な例がありました。韓国のヒップホップグループBTS(防弾少年団)です。2018年にアメリカのヒットチャートBillboard200で、アジア圏のアーティストとしては初のNo.1に輝きました。とは言え、韓国はキリスト教国で、音楽もキリスト教カルチャーの影響がかなり見られます。日本よりも数段上の洗練度でアメリカの音楽を取り込んでいて、英語圏でも勝負できる、いい意味でアメリカナイズされた音楽作りの面では日本は韓国に完全に負けてしまっていると思います。また、韓国は映画先進国でもあるので音楽PVもものすごくレベルが高いです。先日発表されたアカデミー賞では、ポン・ジュノ監督の映画『パラサイト』が英語以外の作品としてははじめて作品賞を受賞し、計4部門受賞の快挙を成し遂げました。
BTSの大ヒットアルバム『LOVE YOURSELF 轉 'Tear'』からのシングルFake Love
とは言え、ポップ・ミュージック・ビジネスにおいて言語の壁は越えられないというのが現状でしょう。では言語にあまりしばられないジャズはどうでしょうか。料理に例えると、ジャズという音楽は基本的に「フュージョン料理」です。人種的にもジャンル的にも雑食性がすごくあって、変化と融合の激しい分野だと言えます。「ジャズの本場」とされるアメリカはその象徴です。多様な移民国家ですし、世界中から多くのミュージシャンが集まってきます。
ではジャズにおいて「その国の輸出コンテンツになる」というのはどういうことを指すでしょうか。アメリカなど他国で活躍する人がたくさん現れるということじゃないかなと僕は考えています。その意味でいま一番注目されているのがイスラエルです。アヴィシャイ・コーエン(同名のベーシストとトランぺッターがいますが、どちらもすごい)、シャイ・マエストロ、リジョイサー、ギラッド・ヘクセルマンなど天才たちが次々とアメリカに拠点を移し、アメリカの現代ジャズの一大勢力になりました。イスラエルのジャズは優れた輸出コンテンツになったと言えるでしょう。
ベースのほうのアヴィシャイ・コーエン。
ピアノは昨年11月に来日したニタイ・ハーシュコヴィッツ
BTSやイスラエルのジャズ音楽家たちのように、アメリカの巨大で弱肉強食の音楽シーンを勝ち抜くのは確かにかっこいいですよね。でも、音楽には他のあり方もあるんじゃないかと思わせてくれるのが、僕が専門にしているポーランドのジャズです。この国の人たちはあまりアメリカ進出にこだわっていません。短期間留学したり、メジャーレーベルからのリリースを目論んだりもしますが、あくまで活動のベースはドメスティック(国内)。海外進出してもせいぜい国内外の双方に拠点を置く「デュアラー方式」止まりです。
ポーランドはEU諸国の中でも屈指の面積の広さがありますし、人口も「旧西側」諸国に次いでEU第6位です。加えて経済面でも成長を続ける数少ない国の一つで、かつ若年者層の割合も半分と、伸び盛りなんですね。国土が広いということはたくさんの都市があるということで、音楽も多様化します。マーケット的にも自前で充分やっていける規模になるんですね。
ポーランドの若いミュージシャンたちが、音楽のグローバル化にもかかわらず国外進出に熱心でないのは「豊かだから、閉じることができる」ということなのかなと考えています。また、彼ら彼女らはポーランドの伝統文化に強い誇りを持っていて、文化的ルーツを活かしながら音楽作りをしています。「地産地消」でないと生み出せない音楽を作っているように思います。
ポーランドと隣国ウクライナの民謡をアレンジして歌うジャズ・グループ「バブーシュキ」。これはザウキという村の伝承曲だそうです
最近の日本では「島」に移住する若い世代が増えているそうです。自然環境が多少厳しくてもそれを楽しめる体力がありますし、閉じられた空間でもネットやSNSを駆使して情報をキャッチするスキルと好奇心も備わっています。雑音の多くない良い環境で子どもを育てたいというのも若者にとって大事なモチベーションかもしれません。
僕はそうした日本の移住世代と、ポーランドの若い世代のミュージシャンたちを重ね合わせて、同じ空気を感じ取っています。グローバリゼーション、シェアリング、マーケティングにブランディングと世界が急速にオープン化と上昇志向を目指す中、未来を担う世代はその先の「あえてドメスティック」の予兆を捉えているのかも。そういう豊かさもあるということですね。
最後に蛇足ですが、実は「インド(印度)」というリンゴの品種もあるようです。酸味が少なく、贈答用の高級品種として重宝された時期もあったのですが、今では希少だそう。ネーミングの由来も諸説あるのですが、有力なのはあのインドではなく、日本で撒かれた種の生産元であったアメリカのインディアナ州から来ているという説。もし店頭で見かけたら、レアなのでぜひ買ってみてください。
2020/2/12