vol.13 ジャケ買いとリンゴの話
音楽ファンの楽しみ方は、多岐にわたります。私みたいな音楽ライターや業界関係者の人たちの間でよく話題になるのは「10代~20代の若者には、CDを一枚も持っていないのに音楽をよく聴いている人がけっこういる」ということです。これは言い方を変えれば「CDが売れない、困ったな」というネガティヴな泣き言でもあるのですが、まあそういう社会の中で「ではどうすればいいのか」を考えることが私たちの役割だし、それを果たすことでまた音楽の可能性もさらに前に進むところもあると思います。
「CDを持たない音楽ファン」を支える背景はApple MusicやSpotify、Amazon Primeなどの音楽配信サービスです。そして忘れてはいけないYouTube。先日も、わが青森県の青森市出身の芸人、古坂大魔王さんがプロデュースする(という設定になっている笑)千葉出身のピコ太郎の「PPAP」が再生回数世界1位、ビルボード・ランクインした世界で一番短い曲としてのギネスブック認定など話題になりましたね。奇しくもPPAPにはリンゴが登場します。他にもアーティストが主体になって音源を公開するSoundcloud(通称サンクラ)や販売もできるbandcampといったインターネット時代ならではの音楽の発表の仕方もますます盛んになっています。
一方で、そうした楽しみ方と正反対の趣味があります。そう、まさに「趣味」と言った方が良いものです。それは「ジャケ買い」です。これは「ジャケット(主に表紙)のすばらしさが購入理由になる」というところから来ています。CDやレコードなど、実際に手にとって触れる音楽ソフトのことをざっくり「フィジカル」と言うのですが、ジャケを愛でるというのはまさにフィジカルならではの楽しみ方だと言っていいでしょう。では、ジャケ買いファンの動向を少し整理してみましょうか。
ジャケ買いはヴィジュアルを重視しているので、レコード派が圧倒的に多いです。また、レコードの音楽自体も良くないとダメという人もいれば、音楽はどうでも良い、ジャケさえ良ければそれでいいのだという人もいます。そして、好きなジャケのタイプもいろいろカテゴライズがあります。特に有名なのが「美女ジャケ」でしょう。とにかくレコードのジャケットに美しい女性が写っているものを集めるという「流派」です。他にも「猫ジャケ」「落書きされたジャケ」など、ジャケ買いにもいろいろ楽しみ方があります。ちなみに「イケメンジャケ」派はほぼ見当たりませんね・・・。
ポーランド発美女ジャケだとこんなものがあります。
ヴォーカリスト、フルート奏者のオクタヴィア・カヴェンツカのファースト・アルバム
ジャケのクオリティーが高いということでファンが多いレーベルもあります。ジャズだとドイツのECMがいつもすばらしい写真や絵をジャケットに採用していて人気があります。総合プロデューサーのマンフレート・アイヒャーの独自の録音哲学はECMサウンドなどと呼ばれ、このレーベルのもうひとつの売りです。
ECM作品の一例。ピアニスト、スティーヴ・キューンの『Non Fiction』です。
これはCD化されていないアルバムなので、まさに「ジャケ買い」にぴったり。
このレーベルはすばらしいジャケばかりなので、オフィシャル・ウェブサイトのカタログページもぜひご覧ください。 https://www.ecmrecords.com/catalogue
ジャケ買いと言えば、昔こんなことがありました。確か私が中学くらいの頃なので、もう30年近く前の話です。平日の夜の2時間ドラマの定番だった「火曜サスペンス劇場」というものがあったのですが、その中で登場人物の中年男女がレコードを聴くシーンがあり、そこでかかっていたピアノ音楽が美しくて頭の中から離れず、どうしても欲しくなりました。でも女性のほうが「○○っていうアルバムなのよ。いいでしょ」みたいに言ってたセリフがちゃんと聞き取れず、彼女らが手に取って眺めているジャケットの写真だけが探す頼りになりました。まあ、その写真もおぼろげな記憶だったのですが。
火サスでかかっていたのはこの曲「Longing / Love」で、ウィンダム・ヒルを一躍有名にした名曲です。
ドラマでは1:15くらいからのLoveが流れました
その頃はちょうど「レンタルレコード」というサービス業が盛んになりはじめた頃で、テレビ番組で唐突に出てくるくらいなんだから、レンタルにもなるような有名な作品に違いないと家の近所のレンタル・ショップをいくつか周って、探しました。とりあえずロックとか日本のポップスとかではなく、ピアノ・ソロだったので店に置いている枚数も少なく、探し当てるのはそれほど大変な作業ではなかったです。
数軒目できっとこれに違いない!と思って借りて帰ったそれはウィンダム・ヒルというレーベルから出ていたジョージ・ウィンストンの『オータム』というレコードでした。ウィンダム・ヒルは今で言う「ニューエイジ」というジャンルの音楽の草分けとして知られるレーベルで、こだわりの音質と音楽性、ジャケットに美しい写真が使われているなど、ECMのアメリカ版のようなところもありました。この話も、配信サービス全盛時代の今ではなかなか生まれないものでしょう。ジャケットが取り持つ縁ですね。
ところで昨年の9月に、ポーランド広報文化センターから依頼を受けて東京の3331 Arts Chiyodaというアート・ギャラリーで「ポーランドのジャズとCDデザイン」という内容の講演をしてきました。ポーランドはデザインのセンスが優れている国としても有名なんですよ。講演では写真がきれいなもの、かわいいイラストが描かれているもの、文字だけのデザインがスタイリッシュな「もじもじ系」などいろんなタイプに勝手に分けてスライドをお見せしつつご紹介したのですが、何十枚ものCDを実際に持って行ったら、講演終わった後にそれを写真に撮りたい、触ってみたいというお客様がどっと押し寄せたんです。
講演内でも紹介し、大きな反応があった作品です。デザインも音楽もみんな口々に良いとほめてくれました。
若手世代の代表的なミュージシャン、天才クラリネット奏者ヴァツワフ・ジンペルの『Lines』です。
ちなみにオラシオの2016ベスト選出作品でもあります
先に「ジャケ買いはレコード派が大半」と書きましたが、レコードっていかにも「趣味的」なんですよね。がっつりホビーとして入れ込まないと買わないし部屋に飾らないと言いますか。CDだともっと「手軽なインテリア感覚」で部屋にたくさん飾れますし、置く場所もとらないですよね。今はデジパックというジャケット形式が盛んで、よりデザイン性が高まっているということもあると思います。インテリア感覚で購入して、音楽も良いんだからすごくお得!って広め方、けっこう可能性があるなあと感じた出来事でした。
さて、このままではいつまで経ってもリンゴの話に行けません(笑)。ジャケ買い流派の「美女ジャケ」「猫ジャケ」「美しい写真ジャケ」などと同じように、自分が「リンゴジャケ」好きだと想定してみましょう。とにかくリンゴが写真でもイラストでもいいからジャケにあれば買うというマイ・ルールも、けっこう面白いかもですね。というわけでちょっと探してみましょうか・・・・。ちなみに、椎名林檎さんがジャケに写っているのはなしですよ(笑)。でもググってみたら林檎さんしか引っかかって来ませんけどね。
例えばこれなんかどうでしょう。かつてエリック・クラプトン、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとともに「3大ロック・ギタリスト」と言われたギターキッズの神ジェフ・ベック(・グループ)の『ベック・オラ』。スター・シンガーのロッド・スチュワートや、ベースでローリング・ストーンズのロン・ウッドが参加しています。この青リンゴの絵は、ルネ・マグリットの作品です。
こういうのもありました。フュージョン・レジェンドのひとり、サックス奏者トム・スコットのライヴ盤『アップル・ジュース』。スティーヴ・ガッド、マーカス・ミラー、リチャード・ティーといったフュージョンのスター・プレイヤーたちによる鉄壁のファンキー・サウンドです。
こちらは日本にも数多く来日しているジャズ・ベーシスト、ロン・カーターやピアニストのローランド・ハナらが結成したニューヨーク・ジャズ・クアルテットの日本でのライヴ録音です。曲はロンの名曲として知られる幻想的なワルツ「リトル・ワルツ」。
日本のミュージシャンだと、こんなのがありました。マルチプレイヤー・シンガーソングライターの大橋トリオ『りんごの木/宇宙からやってきたにゃんぼー』。CDシングルも、CD+DVDアルバムも同じジャケのようです。
最後に、変わり種いっときましょう。イギリスの有名なハードロック・バンド、ホワイトスネイクの初期作『カム・アンド・ゲット・イット』です。リンゴの中に蛇がいるイラストが印象的ですね。
ジャケ買いの面白さは、音楽の内容とは関係のないこだわりを作ることで、逆に新しい音楽との出合いが生まれることです。普通、音楽は音の内容で判断して買うものですが、ジャケ買いのおかげで、ジャケがなければ絶対に手を出さなかったであろう音楽が聴けるかもしれないのです。もし今から「ジャケ買い」を開始してみようと思った方は、ぜひ「リンゴジャケ」しばり、どうでしょうか。
首尾よくリンゴジャケの良いものを購入した帰りには、リンゴそのものを買って帰るのもお忘れなく。リンゴを食べながらリンゴジャケを眺め、そのジャケットに包まれていた音楽を聴く。なんと豊かな、文化的な時間でしょう。
2017/1/21