りんご大学ロゴ画像

音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.42 マッチングについて考えてみる

現代はつくづく「マッチングの時代」だな、と思います。最近そんなことを考える機会が多いので、今回はできるだけリンゴや音楽のネタに絡めつつ書いてみましょう。

先日タカアンドトシが出演しているテレビの北海道ご当地番組を観ていたら、十勝地方にある芽室町のパン屋さんが紹介されていました。余談ですが、芽室町は夜にほんの少しだけ立ち寄ったことがあり、面白い造形の図書館があります。外観は洋館や教会ライクで、館内も宇宙船っぽくて変わっています。ご興味のある方はぜひお立ち寄りください。ちなみに日本の図書館で多い月曜休館ではなく火曜なので要注意。

芽室町図書館の内部。塔部分の天井です

さてパン屋さんの話です。記憶が正しければ、その方はもともと関東地方の出身で、芽室町に移住したのはあるものがきっかけだったそうです。それは「水」です。自分の理想のパンを作るために、全国くまなく合う水質の水がある土地を探して歩き、ようやく芽室町で見つけた、というお話でした。

このエピソードを見て最初に考えたのは、お米やお酒やそばと同じように、良いリンゴを育てるのには「水質」も大きくかかわっているのかもしれないということでした。リンゴやみかん、ぶどうなどの果実について語る時、気候や土が重要な要素なのだと言われることが多いですよね。一方であまり水質については触れられることがないような。青森県のリンゴと水、ものすごく相性が良いのかも。どうなんでしょう。

音楽を進化させた名コンビその1、ロン・カーター&トニー・ウィリアムス

芽室町のパン屋さんは個人で膨大な努力をして、パンを作るための理想の水を見つけました。そのお話は大変に面白いのですが、一方で近年は「自分の求めているものと出会う」という手間と時間をいかに短縮できるか、いかに的確に出会うかというところにより力を入れるように考え方が変わってきているように思います。

恋愛や結婚を目的としたマッチングアプリにはじまり、クリエイターや農家、漁師などの「生産者」と購買者のつながりを作り出すクラウドファンディングやウェブショップのサポート企業。AIを使ってターゲット解析されたネット上の広告。災害時に役に立ったネット上の欲しいものリスト公開ページ、空き家バンクや人材派遣業なども広い意味でのマッチングサービスでしょう。

音楽を進化させた名コンビその2、アンソニー・ジャクソン&スティーヴ・ガッド

こうしたサービスが次々と作り出される今、たとえばこんな未来が予想されます。芽室町のパン屋さんはもはや理想の水を求めて全国をかけめぐる必要はなく、誰でも参照できるビッグデータベースと、やりたいことを入力すれば自動的に水や経済環境などの最適解を教えてくれるマッチングサービスを使ってかんたんに見つけ出せる。果物の新品種も土の品種とどの品種をかけあわせてどういうやり方で育てればいいか教えてくれる。そういう時代が近い将来現実のものになるのかもしれません。まあSF的「設定」ですが。

SF的妄想ついでに、人間関係のマッチングということについて僕が普段よく考えていることを書いてみます。よく「優れた人同士が結婚して子どもを作ると、その子どもも優秀なはずだ」ということが言われます。確かにそういう部分はあるのかもしれません。その説はDNAの中の遺伝子の存在に基づいています。しかし一方で、いわゆる「ふつうの」ご夫婦から天才が生まれたり、誰もが認める善人カップルなのに将来の殺人鬼や邪悪な心を持った子どもが育ってしまうこともあります。

音楽を進化させた名コンビその3、ジョアン・ジルベルト&アントニオ・カルロス・ジョビン

宮部みゆきの推理小説、杉村三郎シリーズの第2作「名もなき毒」にこんなエピソードがありました。主人公の杉村が勤める社内報編集部に若い女性が入社します。最初は「できる人」のように見えていた彼女は徐々にダメっぷりをさらけ出し、ある日とうとう暴力沙汰を起こして逃亡、さらに後日、同僚たちに対する薬物混入事件の加害者になります。

編集部に謝罪に来た彼女の両親は、どんなに力を尽くしても娘がまっすぐな性根の人間にならなかったと涙ながらに語るのです。彼女の中に根強くある悪意が「名もなき毒」というわけ。この両親は宮部作品でしばしば登場する、平凡で善良な一般市民として描かれています。このシリーズ、1~3作目までは「子育てのままならなさ」が裏テーマだと思っています。遺伝子のせいでも家庭環境のせいでもなさそうなのに、なぜか子どもが歪んで育ってしまう。そういう家庭が主要登場人物になっています。

しかしここにも「マッチング」の問題があるのではないか。父と母からどんな子どもが育つのか、実はDNAとは違うまったく別の要素が複雑に組み合わさった結果で、その法則を発見できていないから「なぜこの人たちからこんな子どもが」と驚くようなパターンがたくさん起こるのかもしれません。文章にするにはなかなかデリケートな話題なのですが。しかしこうした齟齬を世の中からなくすのが幸せな社会のあり方なのかどうか。

出ましたビートルズの屋上コンサート。ジョンのリズムギターとリンゴのドラムが奇跡のマッチング、と言われています

アメリカのSF映画の傑作に「ガタカ」があります。舞台は近未来の世界で、そこでは人工授精&遺伝子操作でより優れた子どもを産むことが当たり前になっています。言ってみれば究極のマッチングサービス。対して主人公は自然分娩で産まれた人で差別の対象になっています。彼は出自を理由にあらゆる機会でチャンスを奪われ続けるし、実際に能力も高くないんですね。マッチングは要するに「こうすれば、この組み合わせならうまくいく」を提供するサービスなわけですが、その機能が究極的に進化すると、そこから外れてしまう人にとってのディストピアができあがってしまうのです。

マッチング・サービスなんてなかった時代から、音楽の世界では「奇跡の組み合わせ」が多数生まれていました。たとえばビートルズの本当の奇跡はジョンとポールのコンビではなく、ジョンのリズムギターとリンゴのドラムのビートの絶妙な跳ね具合だと言われます。ジャズのロン・カーター&トニー・ウィリアムス、フュージョンのアンソニー・ジャクソン&スティーヴ・ガッドの両リズムセクション、ボサノバのジョアン・ジルベルト&アントニオ・カルロス・ジョビンなども音楽を進化させたミラクル・コンビネーションです。

「おいらせ」希少品種。最近はそうでもないそうです。スターキングデリシャス&つがるの奇跡の出合いにより誕生

ケミストリーが生まれるような共演者を見つけるのって、やはり運命に左右される面が大きいと思います。ほんのちょっとしたボタンの掛け違いで、ニアミスし出会わなかったかもしれない。ビジネスの世界でもあるので、出会ったとしても長く一緒に演奏できるかどうかはわからない。こうした名コンビの生み出す音は出会いの奇跡ゆえに、リンゴはじめ果実の新品種が完成した喜びと似たようなところがある気がしています。

出会うまでが大変だったからこそより愛しいという気持ちは永遠になくならないと思うんですよね。時代遅れのおじさんとしては「便利なアプリで理想の水を見つけました」よりも、自分で探し回ってとうとう出合えたという芽室町のパン屋さんの話のほうがやっぱり燃えるんですよ。マッチング・サービス進化の時代はその辺どうバランスを取っていくのか、これからが楽しみです。

2022/2/25

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

note

New Topics

〈新ブログ一覧〉
〈旧ブログ一覧〉

Overseas Websites

台湾 繁体中文中国 簡体中文英語 English

Page Top