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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.43 禍を転じて

フードロスという概念が浸透してきました。一度は考えたことがないですか、スーパーで大量に並んでいる生鮮食品の「売れ残り」は一体どうなるのだろうか。または素材の活きの良さを売りにしている飲食店で余った材料は? これらがすべて捨てられているとしたら(実際そうだった時代はあると思います)、膨大な無駄なわけです。フードロスという考え方が広がることで、こうした無駄が少しでも減ってくれればいいですね。

リンゴの場合は、木から自然に落ちたり台風などで振り落とされたものや、商品レベルにいたらなかったもののロスを解消するために近年推し進められているのが、落ちた実の果汁を使ったジュースやシードルの製作。毎年一定量の果実の落下(落果と言うそうです)があるので、産業として定着できる条件がある程度確保されていると言えそうです。その他、リンゴのフードロス解消方法についていろいろ調べてみると、ざっと次の3つがありました。

りんご大学イチオシのりんごジュース「アップルジンジャーファイバープラス」

1つ目は食肉用家畜の飼料です。リンゴ生産のライバル長野県ではリンゴの搾りかすを使った飼料で育てた「りんご和牛信州牛」、お隣の岩手県ではリンゴをそのまま食べさせた「りんご味わいポーク」があるようです。おいしそう。2つ目の例はフェイクレザーにリンゴを使うというもの。カナダのブランドSAMARAやオーストラリアのバッグブランドiFarmaissance、デンマークの革メイカーBeyond Leatherなどがアップルレザーを制作したり、それを使った製品を販売で有名だそう。

最後3つ目は紙の材料にリンゴを使うというもの。調べていて目に留まったのは青森市内の企業ゲインズ株式会社による取り組みです。リンゴを加工した後に出る残りかすを使って「りんご輪紙」を制作しています。ホームページだとりんご輪紙には手すき和紙タイプとリサイクルペーパータイプがあるみたい。個人的には名刺を作ってくれるというプランが気になりました。りんご輪紙の名刺、欲しいです。

ゲインズ株式会社のホームページ。気になる方はぜひ問い合わせされてはいかがでしょうか
https://rengo.gainz.co.jp/

これまで長い間、台風などのアクシデントによる落果は農家にとって「危機」でしかなかったわけです。一方でそうした危機がなければフェイクレザーやりんご輪紙のような加工品のアイディアはなかなか生まれなかったかもしれません。ことわざの「禍を転じて福と為す」を地で行くような状況ではないでしょうか。実は、「再利用」とは違うのですが音楽の世界にも同じように危機的状況からさらなる進化につながった例がちらほらあるのです。そのうちいくつかをご紹介しましょう。

まず思いつくのは有名な2つのバンド、ジェネシスとヴァン・ヘイレンのヴォーカリスト交代劇。この2バンドはともにピーター・ゲイブリエルとデイヴィッド・リー・ロスというカリスマ性のある(キャラが濃いとも言う)ヴォーカリストの魅力も成功に大きく寄与していました。

バンド史的には、5大プログレバンドの一つとも言われるジェネシスはプログレファンから今も歴史に残る一枚と評価の高い『幻惑のブロードウェイ』という傑作を発表。ヴァン・ヘイレンのほうは「あのイントロ」で誰もが知っている名曲となった「ジャンプ」を大ヒットさせ、最終的に1000万枚を超えるセールスを記録することになるアルバム『1984』を発表。青春マンガ風に例えると「とうとうやったぜ、俺たち!」的な時期でした。

しかしそのタイミングでバンドの「顔」とも言えるメイン・ヴォーカリストが脱退。そんなのってないよ。普通ならここで「解散のお知らせ」のはず。最近の日本の音楽を知らないのでおじさん的たとえで失礼しますが、hydeのいなくなったラルク、桑田佳祐のいなくなったサザンみたいなものです。ところが両バンドともそうはなりませんでした。

パペット・アニメーションを使った新生ジェネシスのPV。ちなみにこの曲が収録された『インヴィジブル・タッチ』は僕が親に買ってもらったはじめてのレコードでした

ジェネシスはなんとドラマーのフィル・コリンズがヴォーカリストになり、よりポップになったサウンドでそれまで以上の大ヒットを連発。ヴァン・ヘイレンはギターも弾けるサミー・ヘイガーを迎え『1984』でも達成できなかった全米1位アルバム『5150』『OU812』を発表することになります。しかも脱退したゲイブリエルとリー・ロスはそれぞれソロとしてもヒット作を生み、音楽ファン的には二度おいしい的な理想的な展開になりました。

フィル・コリンズはさまざまな才能が開花し、ソロ・アーティストやプロデューサー、作曲家としても活躍することになり90年代は「世界で一番忙しい男」の称号を持っていました。ゲイブリエルの脱退がなければ、彼はいちドラマーで終わったのかもしれません。ちなみにコリンズはドラマーとしてもものすごいテクニシャンです。

バカテクドラマーとしてのフィル・コリンズが楽しめるバンドBrand X

次の例はまた別の「あのイントロ」で知られる名曲、イギリスのハードロック・バンド、ディープ・パープルの「スモーク・オン・ザ・ウォーター」ができたエピソード。パープルはレマン湖のほとりにあるスイスの街モントルーでレコーディングを行うべく来訪しました。しかしフランク・ザッパのバンドのコンサート中にエキサイトした観客が信号弾を発射し火事に。録音会場になるはずだった「モントルー・カジノ」が彼らの目の前で焼け落ちてしまうのです。

まあ紆余曲折あってパープルは無事レコーディングにこぎつけるのですが、この時の火事についてそのまんま歌詞に書いた「スモーク・オン・ザ・ウォーター」が生まれることにつながりました。火事がなければ、このロック史に燦然と輝く名曲は存在しなかったかもしれない。まさしく禍が転じてどんな福になるのかわからない、運命の面白さを感じさせる史実と言えるでしょう。ちなみに歌詞はほんとにひねりもなくそのまんまを描写しているので、今で言うブログやSNSの目撃情報っぽいです。

パープルのスモーク~。40秒ほどギターがお遊びした後、必殺のイントロがはじまります。CDや配信で聴きたい人はぜひ名盤『ライヴ・イン・ジャパン』を

最近、実録ヤクザ映画の最高峰と言われる「仁義なき戦い」シリーズ全5作を観る機会がありました。面白いことは面白いのですが、死んだ役をやっていたはずの俳優さんがあとから別の役で出てきたり、同じ役なのに俳優が替わっていたりして頭が混乱するのも特徴です。ふざけた作風だなあと思っていたら映画監督の押井守が興味深い解説をしていました。

群像劇で登場人物が多く、そもそもシリーズ化するつもりがなかったのが予想外のヒットになったものだから俳優が足りなくなったための苦肉の策だった。でもそのむちゃくちゃさが様式美に飽きていた映画青年たちに逆にウケたのだそうです。たまたま時代にフィットしたってことなのかもしれません。禍はどこで福に転じるかわかりませんね。

落果や廃棄するカスからジュースや紙が生まれるように。火事から名曲が生まれるように。個人的には、いつか雪がエネルギーに転化できるようになって、それを動力にリンゴの再利用製品を作るという究極の青森版エコ産業が確立されればいいなと思っています。

2022/4/15

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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