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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.44 違う世界が見えている

青森市で生まれ育った親しい友人にある日こんなことを言われてビックリしたことがあります。曰く「私はリンゴが嫌いなので食べません」。僕は脊髄反射的に「えっ、冗談だよね」と返してしまいました。人の言ったことに対して否定から入るのは良くありませんよね。自分だってそんな反応をされたらムカつくはずなのに。自分の反応を深く反省するとともに、こんなことも考えました。リンゴが嫌いだというこの友人にとって、リンゴ王国の青森という世界はどんなふうに見えているのだろう、と。

すぐ近くにいるのに、全く別の世界が見えている例の代表的なものは「男と女」ではないでしょうか。僕が個人的に体験したこととして、3つ例を挙げます。1つ目は、東京で彼女と一緒に電車に乗っていた時に見たエステか何かの広告です。

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そこにはお姫様的な女性と王子様的な男性が写っていて「きれいになったら、食べちゃうぞ」というようなキャッチコピーが書かれていました。僕は当然「姫がエステできれいになったら、王子様が食べちゃうぞと言う」という意味に解釈したのですが、彼女がニヤッとして「姫がきれいになって自信つけたから王子を食べちゃうぞ」というのもあり得るよね、と言ったのです。ああ、女性から見たらそういう捉え方もできるのか、と目からウロコが落ちたような気がしました。

2つ目の例です。ある日デパートでトイレに入ったら、変に小さい小便器が一つしかなく個室ばかりの妙な配置でした。その時ちょっと焦っていた(笑)ので「なんなんだ、このトイレのつくりは」と思いながら小のほうで用を足しました。手を洗っていたら後ろから「あの」と女性の声がします。振り返ると不安そうな顔の女性が何人か立っていて「ここ、女性用ですよ」と言うのです。ガーーーーン!!

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なぜこんなことが起こったのでしょう。僕たち男性は、女性用トイレに入ったことがないんですよね。だから「個室+子ども用の小便器」という女性用特有の構造を知らないのです。知っていたら、いくら焦っていたとて見たとたんに「間違えて入った」と気付いて飛び出したはずです。女性から見た世界への無知が「変なつくりのトイレだなあ」という勘違いを生んだのです。あとでただの勘違いだったとわかったとしても、その場では警察に突き出されてもおかしくない状況だったため、今でもこの時のことを思うと恐怖で足がガクガクします。気をつけなくては。あの場にいた女性たちにも申し訳なかったです。

最後の例は何年か前に僕が投稿したツイートについてです。前に女性の友人から聞いた「私はエレベーターで男性と二人きりになりそうな時は乗るのをやめます。怖いから」という言葉をツイートしたら、確か何百もリツイートされたんですよね。普段はマニアックなポーランドのジャズとかについてのツイートが多いので反応が少ないアカウントなので、びっくりしたおぼえがあります。

僕は「女性がこんな危機感を持っていることを、自分も含め男性の多くはなかなかわからない」みたいなことを感想として書いたのですが「男のこの無理解が、男女差別の温床なんだ」的な厳しいコメントもけっこうありました。けっこう凹みましたが、たとえば性犯罪などに対する理解が進まないのは、男性がいつまでも「他人事」として捉えているからという側面は否定できません。これもまた、男女で見えている世界が違うの代表例なのだと思います。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。ソリストはジョージア人カティア・ブニアティシヴィリ

しかし最近は「違う世界」のバリエーションがもっともっと複雑になってきました。男と女の2種類ではなく、より多彩なLGBTQという概念が今や世界では当たり前になっています。残念ながら日本はジェンダーレスへの取り組みが世界の中でも遅れているほうの国になってしまっていますが、世界ではさまざまな業界でLGBTQであることを公表する人や、当事者を要職に就ける事例が増えてきました。つい先日もアメリカでカリーン・ジャン=ピエールさんが黒人としてはじめて報道官に任命されましたが、彼女は同性愛者であることを公表しています。

LGBTQと音楽の関わりは、新しいようで意外と古いです。そもそもLGBTQは概念としては最近作られたものであっても、存在としてははるか昔からあったわけです。それを当たり前のものとして捉える視点と、表現する言葉がなかっただけです。

さて有名なところではロシアの大作曲家チャイコフスキーはゲイだったと言われています。近年で最もよく知られるゲイのアーティストと言えばイギリスのロックバンド、クイーンのヴォーカリスト、フレディ・マーキュリーでしょう。大ヒットした映画「ボヘミアン・ラプソディー」では、LGBTQへの偏見が激しかった時代の彼の葛藤に焦点があてられていました。イギリスからはエルトン・ジョン、ジョージ・マイケル、ボウイ・ジョージなどLGBTQであることをカムアウトする大物アーティストが出てきました。

レディー・ガガ必殺のゲイ・アンセム

ジャズの伝説的ヴォーカリスト、ビリー・ホリデイはバイセクシュアルだったと言われています。名曲「オーバー・ザ・レインボウ」を歌ったジュディ・ガーランドもバイだったと言われ、LGBTQのシンボルとして虹が使われるようになったのも同曲の影響という説が有力です。また音楽ではありませんが、ムーミンの作者トーベ・ヤンソンやチェコスロヴァキア出身の天才テニス・プレイヤー、マルチナ・ナブラチロワも同性愛者です。近年で最も影響が大きかったのは、レディ・ガガのバイ・カムアウトでしょう。

しかしこうやっていろんな例を挙げてきて、なんだか虚しくなってきました。だって世界はもっともっと複雑です。ここ数年でクエスチョニング、パンセクシュアル、アセクシュアルなどカテゴリがどんどん増えていってます。そして、それぞれに違った世界が見えているのかもしれません。意識高いことを言うようですが、少しでもその「違った世界」を学ぶ機会が増えればいいなと思っています。

リンゴが嫌いな友人の話から遠い遠いところに連想が及んでしまいました。個人的には、フランス語やロシア語など男性形/女性形などの変化がある言語がどのように変わっていくのか、あるいはまったく変わらないまま言語だけはジェンダーバリバリのまま行くのかに興味がありますね。青森県在住の読者のみなさんも、もしリンゴがお好きなら、もし嫌いだったらという想像をしてみてください。別の視点が見えてくるかもしれません。

2022/5/17

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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