vol.15 青森とポーランドのクロスロード
今、ドバイからワルシャワに向かう飛行機の中でこの原稿を書いています・・・・と書き出して7割ほど原稿を書いたのですが、中断。そしてまた「ワルシャワからドバイに向かう飛行機の中でこの原稿を書いています・・・・」と書き改めようとして断念。結局、青森市内のカフェの中で残りを書いています。遅くなってごめんなさい。わたくし、4月の19日から2週間のポーランド取材旅行に行って参りました。
この連載コラムでもしつこいくらい何度も書いているように、私はポーランドのジャズを専門とする音楽ライターです。これまでこの分野の専門を名乗る人はいませんでしたから、それだけでも驚かれるのに、本州の北の端っこの青森市に住んでいると言うと、輪をかけてみんなに驚かれます。珍しさ、マニアックさがもはや足し算ではなくて掛け算の感じでしょうか。しかし私はあえて申し上げたい。青森とポーランドだからこそ、良い組み合わせなのだと。むしろ必然性があります。そう、両者にはいろいろ共通点があるのです。今回はそんなお話をします。
まず、県庁所在地で、私が住んでいる青森市ですが、地理的にポーランドの縮小版みたいな感じです。北だけ海に面していて、南の端が山。そしてその間は起伏が少なく、比較的平らになっています。もともと、日本にそのような地理上の特徴を持つ自治体がほとんどないことを考えれば、これらの共通点は偶然以上の意味を持ってきませんでしょうか。ポーランドが北で面しているのはバルト海。かなりこじつけではありますが、バルト海の東側からつながって行くスカンジナビア半島の奇妙な形は、下北半島に似ていなくもありません。
ポーランドの平原の絵が頭の中に浮かんでくる名演。
スワヴェク・ヤスクウケとピョトル・ヴィレジョウの若手の天才ピアニストによるデュオです
次に似ているのが、県内(国内)の各都市でそれぞれかなりキャラが違ってて、ちょっとしたライバル心みたいなのもあるところです。ポーランドの中でも非常に知名度が高い街である首都ワルシャワは、確かに日本における東京ライクな大都会なのですが、だからと言ってワルシャワに何でも一極集中しているわけではありません。その辺、県庁所在地なのにぶっちぎりで栄えているということでもない青森市と、弘前や八戸との関係性にかぶるところがあるように思います。個人的には、最近はつがる市なんかも頑張っている感じがします。今回のポーランド旅では、西部の地方都市ポズナニにはじめて行って来たのですが、のんびりした田舎の空気が流れる落ち着いた街で、青森と似たようなムードがあるように感じました。青森が好きな方ならオススメの街です。これも、都市ごとのキャラが大きく違う国ならではの楽しみ方かと思います。
ポズナニで会ってきたヴォーカリスト・作曲家のダガ・グレゴロヴィチ(立って歌っている方の女性)のグループDAGADANA。これはポーランドの民謡をポップ風にアレンジしたものです。女性2人の衣装はポーランドとウクライナの伝統のドレスをミックスして作ったのだとのこと
あと、青森の人(特に津軽っ子)とポーランド人の気質が似ているような気もします。最初はシャイなのですが、内面はけっこう熱くて、気の置けない仲になるとよく喋る。頑固で凝り性で、それが悪い方に行くと、あまり人の意見を聞かなくなる。そうした性質は、両者からかなり変わったアーティストを生み続ける養分になっていると思います。ポーランドは、ミュージシャンも小説家も画家も、一筋縄ではいかない個性の人がとても多い。昨年亡くなったアンジェイ・ワイダ(正しくはヴァイダと読みます)、ヴィトカツィというアーティストネームを持つ版画家・劇作家のスタニスワフ・イグナツィ・ヴィトキェヴィチ、現代音楽のヴィトルト・ルトスワフスキなど、ある種の反骨精神と強烈な個性を併せ持つ芸術家を多数輩出しています。それは青森県出身の寺山修司や太宰治、棟方志功や矢野顕子などもそうじゃないでしょうか。
ポーランドで最も尊敬されている作曲家のひとりルトスワフスキの代表曲チェーン2。
ジャズミュージシャンにもファンが多く、インタヴューで彼の名が出てくることが多いです
さて、最後に忘れてはいけません。ポーランドは世界でも5本の指に入るリンゴの生産地なのです。リンゴがよく採れ、よく食べる。コンビニに行くと必ず何種類ものアップルジュースやアップルティーが置いてあります。また、両者はともに日本と世界で一番のカシス(ブラック・カラント、黒すぐり)の産地でもあります。これだけ共通点が揃えば、何となくポーランドに親しみを感じて来ませんか? 採れる果物が似てるということは、要するに気候が似ているわけです。超かじっただけのうろ覚えなので正確ではないかもですが、和辻哲郎の『風土』という本で、似た気候の土地には、似たような文化が生まれると書いていたような気がします。飛行機で10数時間、時差8時間の距離が離れていても、青森とポーランドの人々のどこか奥深い場所に、何か共通する感性があるのかもと考えるのは、とても素敵な想像だと私は思うのですが、いかがでしょうか。
私は音楽ライターなので、当然今回の取材旅行も「フレッシュな音楽の情報を集めてくる」のが仕事です。でも、他ならぬ青森在住の私が、こんなに共通点のある遠くて近い国ポーランドに行くのにはもうひとつ大事な使命があるのではないかと考えています。それは、誰もが知っている東京ではなくて、青森という土地の存在をポーランドの人たちにアピールしてくることです。予想通り、誰も最初は青森のことなど知りません。だからこそ、私が話す価値がある。何の因果か、私は青森とポーランドの交差点に立っています。でもまだ、この2つがクロスしていることをそれぞれに住む人たちはよく知らない。これからだんだんその交差点の存在がはっきり見えてくるのではないでしょうか。それは、ひとつの綺麗なリンゴの実が出来あがるまでに恐ろしく手間がかかっているのと同じくらい時が必要なことですが、いつか必ず結実すると、信じています。
余談ですが、古都クラクフで現代ポーランド最高のピアニストのピアノフーリガンことピョトル・オジェホフスキと会った時に「君は雑誌以外にはどういう仕事をしているの?」と訊かれたので、本コラム連載の説明をしました。併せて、青森はポーランドと同じくとてもたくさんリンゴが採れるということも。彼は「リンゴと音楽の関係を書くなんて、そんな難しいテーマでどれだけ続けられるの?」と私の苦労を解ってくれました(笑)。というわけで、今回は音楽とリンゴの関係ではなくて、青森とポーランドの話で終わってしまいました。ごめんなさい。
2017/5/22