vol.28 接ぎ木作業でエッセイを
農作物づくりのスタート地点はやはり「種まき」「苗植え」ではないでしょうか。5月に入ってから近所を散歩すると、水田に水張りがされ始めていて、今年も田植えの季節がやってきたなと実感します。ところで、リンゴの実には平均20個ほどの種がありますが、もちろん毎年の生産は種まきからスタートするわけではありません。みかんや梨、ぶどうと同じく、たくさんの樹が生えた農園があるから毎年収穫できるのですよね。では、あのリンゴの樹の数々は種から育て上げたものなのでしょうか。
まわりにリンゴ農園が広がっているため、青森県民、特に津軽地方に住む人にはにわかに想像しにくいかもしれませんが、もともとリンゴの樹は枯れやすく、育てるのがけっこう難しいそうです。種をまいておけば自然に樹まで育つということはなく、仮に奇跡的に生長してもちゃんとした実がならない。しかもある品種の実からとれた種をまけばその品種が作れる樹になる苗木ができるというわけではないらしい。???ですね。ではどうやってリンゴ農園の樹は樹になったのでしょうか。
リンゴの樹は、苗木づくりという作業があるからこそ成立しているのです。果樹の苗木づくりには大きく分けて、種をまく、枝を地面に植えるなどの方法がありますが、リンゴの場合は「台木に接ぎ木」をするという手法を採用しています。
台木はリンゴではなく、今は主に「マルバカイドウ」という植物を使うとのこと。この台木に育てたい品目の枝(穂木)を接ぎ木して、苗木を一本ずつ作っていく。この接ぎ木にも10数種類のやり方とそれぞれに最適なシーズンがあるようなのですが、リンゴは4月にやる「切り接ぎ」が一般的だそう。
また現在はより多くの苗木を植えられるよう「矮化栽培」という方法が採用され、矮化栽培用の苗木はさらにひと手間かかる3つの接ぎ木によって作られます。高度な専門性が必要なため、農家に卸す苗木を育成する「苗木屋」さんというお仕事もあります。
接ぎ木の近代的な手法は、明治時代の北海道開拓政策のために今の七飯町に開設された開拓使七重開墾場で、アメリカから招聘されたルイス・べーマーによって本格的に日本に伝えられました。この開墾場の試験官園で「青森リンゴの父」と呼ばれる菊池盾衛も彼から接ぎ木技術を学んだそうです(参考文献:『日本の品種はすごい うまい植物をめぐる物語』竹下大学:中公新書)。
接ぎ木によって苗木が無事に樹へと育っても、僕たちがスーパーなどで目にする立派な実をつけるようになるには肥料のまき方や摘果、葉をとったり実の向きを変えたりして日当たりを調節したり、膨大な手間と工夫が必要です。今、僕たちの手元に届くリンゴの実ひとつひとつに、こうした試行錯誤の歴史が凝縮されています。
ざっくりとした説明すぎましたが、どこかにリンゴの種をまいておいて十何年か待てば実がなる樹ができるというわけではないことだけはわかっていただけたかと思います。今回この接ぎ木についてご紹介しようと思ったのは、このりんご大学の執筆作業と相通ずる部分があるなと感じるからです。
執筆中によく聴く音楽その1。
ポーランドのピアニスト、スワヴェク・ヤスクウケの『Sea』
本連載は、リンゴと音楽の間にあるありそうでなさそうな関係についてご紹介するエッセイです。ありそうでなさそう、と書きましたが実際は「ほとんどない」が近く、リンゴネタか音楽ネタのどちらか一方だけを思いついてもうまくもう一方につなげられません。そうしたアイディアの数々はネタ備忘録に書かれたままになっていることが多いです。どちらか一方のネタだけでいいならすぐ書けるのになあ、といつも思っています。
メモしておいたリンゴか音楽のネタが「台木」だとすると、それとうまくつなげられるようなもう一方のネタを思いついた時が接ぎ木するタイミングなのだと思います。例えば前々回(vol.26)の場合、知人から「アメリカでサイダーって言ったら果汁のことを指すんだって」と聞きメモしておいたのが台木でした。これはリンゴネタのほうですね。しかしそのことと音楽ネタを結びつけられず、半年ほど眠っていました。ちなみに、つい先日深緑野分さんの『戦場のコックたち』という傑作ミステリを読んだら、同じようなシードルネタが出てきました。
さて接ぎ木作業に突入できたきっかけは、これもまた別の知人の言葉でした。おぼろげな記憶ですが「中華そばとラーメンって何か違うの?」みたいなことを言われたのだと思います。その言葉を聞いた時に頭の中でぱっと思い至ったのが「同じような音楽ジャンルでも違う単語になっている/違うジャンルなのに同じ言葉を使っている」というようなことでした。
そこでようやく寝かせていたシードルネタとの共通点が見えたのでした。台木のシードルネタと、この時思いついたジャンルネタを接ぎ木することで、無事前々回の苗木が作成できました。この苗木をもとに、細部の情報を調べたりして試行錯誤した末にようやく完成、というわけです。
執筆中によく聴く音楽その2。
ポーランドの女性デュオ、ハニャ・ラニ&ドブラヴァ・チョヘルの『ビャワ・フラガ』
不思議なもので、同じようにネタの接ぎ木をしてもどうしても書き進まない時とスルスル執筆が進む時があります。うまく書き進められない理由は、大まかに分けて2つあると思っています。一つは、そもそもネタのつなぎ方が無茶すぎるので、書き進めるのに無理がある。もう一つは、文章の順番が間違っているか余計なものが入っている。このどちらかの要素があると、途中でどうしても先に進めなくなるんですね。単に「生みの苦しみ」の渦中という可能性もあるのでいちおう頑張ってはみるのですが、ダメなものはやっぱりダメなんです。そういう時はどちらの理由なのか検討作業に入ります。
原因がどちらであっても文章をまるごとやり直しするようなものなので、正直言って非常にしんどい作業になります。確かに苦しいのですが、うまくはまると後はスムースに書き進められるのはけっこう快感です。そういう時、リンゴの接ぎ木の手法も膨大な試行錯誤の積み重ねの末に今があるんだろうなあと思いを馳せることが多いです。
と言うか、書き終わってから気づいてしまいましたが今回はリンゴと音楽の関係ではなくて、りんご大学執筆とリンゴの関係になってしまいましたね。申し訳ありません。また来月接ぎ木を頑張ります。
2020/5/26