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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.22 発祥の地を見てみよう

先日、プチ旅で五能線に乗っていたら車窓の外に見えてきたのが「ふじ発祥の地 藤崎町」の文字。巨大なリンゴ倉庫か何かの壁に書かれていて、ものすごく目立ちます。起点駅である川部から次の藤崎駅、あるいはその先の林崎駅との間くらいに建っていたと思います。そうなんです、リンゴの「ふじ」って、名前から富士山を連想してつい関東のほうで作られたと勘違いしちゃうのですが、この津軽にある藤崎町で開発されたものなのです。ごめんなさい、僕も青森に引っ越してくるまでわかっていませんでした。とは言っても命名の由来には「富士」も含まれていて、おそらく日本で一番高い山のほうではなくて、五能線からもどどんと見える岩木山(津軽富士)のことなのでしょう。

岩木山

ふじは1930年代後半に藤崎町で育成・開発され、1962年に品種登録されました。国光とデリシャスを交配して生まれました。今では日本人の誰もが知っている超ロングセラー品種であるばかりか、日本のリンゴ総生産量の約半分を占め、外国でも栽培されるようになり、世界の総生産量内訳でもトップに輝いています。まさに「ザ・リンゴ・オブ・リンゴ」だと言ってもいいでしょう。

藤崎町で生まれた「ふじ」
藤崎町で生まれた「ふじ」

さて、ここで「発祥の地」をめぐる旅に出てみましょう。今ラグビーのワールドカップが日本各地で開催中ですが、このスポーツの生まれた国はイギリスです。ラグビーという種目名は、イングランド中部のラグビーという街にあるラグビー校という私立の名門校ではじめられたからというのが定説です。正式にはラグビー・フットボールと言うそうです。フットボール(サッカー)の発祥の地もイングランドだとされています。ラグビーは前にボールを投げてはいけないし、サッカーは足しか使っちゃいけない。イギリス人の自律精神の厳しさが表れたルールのような気もします。

テニスはウィンブルドン選手権、いわゆる「全英オープン」が象徴的に語られるのでこれもイギリス発祥だと思われがちですが、フランスの貴族の遊びがはじまりだとのこと。紀元前のエジプトが発祥だとの説もあるようです。ラケットを使ってものを打ち合うスポーツとしてはバドミントンがありますが、こちらはイギリス植民地時代のインドを起源とすることが多いようです。

来年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピックが開催されますが、現在行われているいわゆる「近代オリンピック」はフランスの教育者ピエール・ド・クーベルタンが提唱し、1896年にギリシア王国(当時)のアテネで開催されました。どうしてアテネが開催地に選ばれたのかと言うと、クーベルタンが発想のもととしたのが古代ギリシア時代のオリンピアの祭典だったからです。ちなみにクーベルタンはラグビー発祥の地ラグビー校を訪れてラグビーに激ハマりし、自分でもやるようになったそうです。のちに審判の資格もとるほとの熱狂ぶりでした。

では音楽ジャンルの発祥の地はどうでしょうか。ジャズはアメリカ南部の街ニューオーリンズで生まれたということになっています。もともとこの街はフランス人の植民地でした。ニューオーリンズは他にセカンドラインという独自のブラスバンド文化があり、これをもとにセカンドライン・ファンク(またはニューオーリンズ・ファンクとも)というジャンルが作られました。セカンドライン・ファンクで有名なのはザ・ミーターズというバンドです。僕も高校時代けっこう聴いていました。また、日本でもよく知られているのはダーディ・ダズン・ブラスバンドです。

セカンドライン・ファンクのテーマ曲とも言えるザ・ミーターズの「シシー・ストラット」

ラテン音楽のサルサはどうでしょうか。中南米のどこかが発祥なのかと思ってしまいますが、こちはらニューヨークに住んでいるプエルトリカンやキューバ人移民がはじめたというのが一番有力な説です。ただし、サルサの元になった音楽はキューバのものです。それは「ソン」という音楽で、スペインやアフリカの音楽がルーツになっています。このソンや同じくキューバのルンバ、そしてジャズやロックなどをミックスして作り上げられたのがサルサだと言われています。サルサで最も有名なのはファニア・オールスターズでしょうか。あとはやはりオルケスタ・デ・ラ・ルスですよね。

つい先日「ボサノバの父」と言われる作曲家ジョアン・ジルベルトが亡くなりました。ボサノバは、Bossa Nova ボッサ・ノーヴァというのがより正しい呼び方で、ブラジル・ポルトガル語で「新しい感覚」のような意味になります。すごく雑な説明になりますが、ボサノバはリオのカーニバルなどでよく知られるサンバ(エスコーラ・ヂ・サンバという大所帯で演奏される)を元に、ジョアン・ジルベルトがギターと歌など小編成で演奏できるささやくようなポップ・ソングへ作り替えたものです。このジョアンがもう一人の「ボサノバの父」アントニオ・カルロス・ジョビンとタッグを組んで生み出した「シェガ・ヂ・サウダーヂ」がその後の世界の音楽を決定的に変えました。ちなみに偉大なジョアンを評する言葉として、同じブラジルの大スター、カエターノ・ヴェローゾが寄せた「沈黙をも凌駕するのはジョアンだけだ」がとても有名です。

音楽史に残る一曲、ボサノバのスタート地点「シェガ・ヂ・サウダーヂ」

それにしても、音楽の発祥の地はスポーツにくらべてずいぶん複雑で、歴史をたどるとどんどん他の国や他のジャンルにつながっていきます。列強国による植民地政策や奴隷売買など悲しい歴史はいっぽうで、関わった国の文化が複雑に混ざり合う新しい音楽の形成に一役買ったのです。負の側面は別として、いろんな品種がミックスされてリンゴの新しい品種が開発されていく様にちょっと似ていませんか。僕たち人間も、父や母、そしてそのまた両親など、さまざまな人たちが関わって今の自分が存在しているんだなあと思うと何だか不思議な感じがしますね。

2019/10/31

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オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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