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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.18 大器「晩生」

音楽の世界は魑魅魍魎の集まりなので、時に人間の常識といったものが通用しないような人が散見されます。最近は絶滅種になりましたが、「まっとうな仕事(注:音楽のこと)で得た金で(麻薬を)打って何が悪い」とうそぶいたチェット・ベイカーとか、ジャズ界で一、二を争う色男だったのに麻薬の売人と揉めてタコ殴りにされ歯を抜かれてしわくちゃのおじいちゃんみたいになっちゃったチェット・ベイカーとか、アムステルダムのホテルの二階から転落死したドジなチェット・ベイカーとか、一昔前までの破滅型の天才ミュージシャンのとんでもエピソードは枚挙に暇がありません。

そういう人たちの破天荒な話もファンタジーみたいで面白いのですが、個人的には音楽界に時々現れる「スーパー老人」のほうが気になります。人間という動物は年齢を重ねるごとに老化し衰えていくはずなのに、若者を圧倒するようなとんがった音楽性でシーンに君臨するかっこいい老人ミュージシャンがいるんですよ。

例えばこのズビグニェフ・ナミスウォフスキ。ポーランドのアルトサックス、チェロ、ピアノ奏者です。1939年生まれなのでもうすぐ80歳というシーン最長老クラスの御大ですが、現在のバンドのメンバーは基本的に息子、あるいは孫と言ってもおかしくないくらいの若手ばかり。彼の楽曲は演奏するのがとても難しいことで有名で、ものすごい演奏技術を持った20代のぴちぴちのミュージシャンでさえ「ナミスウォフスキが主催するジャズ合宿で彼の曲を一緒に演奏したけど、目が回るような難しさだった!」と言うくらいです。春にポーランドに行った際、直接そういう声を聴きました。ナミスウォフスキは、ポーランドをはじめとした世界中の民俗音楽とジャズをミックスさせた「民謡ジャズ」というジャンルの世界的な先駆者でもあり、今でもこの国の音楽関係者から「ポーランド音楽のシンボル」的なリスペクトを受けている偉大な作曲家です。そして、私がポーランドのジャズに出合うきっかけになった人生の恩人でもあります。

これは還暦くらいのナミスウォフスキ。このようにおもちゃ箱をひっくり返したみたいな音楽です

ナミスウォフスキとのツーショット
今年の4月にヴロツワフで撮影したナミスウォフスキとのツーショット。会うのは二度目です

ナミスウォフスキの現在のバンドメンバー、スワヴェク・ヤスクウケ(ピアノ)はこんな音楽もやっています。
娘の就寝時のための音楽。THE PIANOERAで今月来日

他にも例えば、こんな人がいます。ブラジル人のエルメート・パスコアル。数十種類もの楽器を超絶技巧で演奏できるマルチプレイヤーで、現代ブラジル史に残る作編曲家です。彼もまたナミスウォフスキと同じように、ブラジル北東部の伝統音楽のリズムをベースに自分の音楽を作っています。バンド・メンバーも、自分より若い世代の人を起用しています。世界中のジャズ・ミュージシャンに愛されている美メロの名曲「べべ」や、矢野顕子もカヴァーした「ピポカ」など名曲も数多く、非常にアヴァンギャルドな音楽家にもかかわらず、ポップ・ミュージックのシンガーたちからも尊敬されているという意味で異彩を放っている人です。ゼロ年代に入ってからは何度か来日もしています。幼い頃に鳥や虫の鳴き声を聴いて音楽を学んだと言っているだけあって、レコーディングでも動物の鳴き声など本来楽器ではないものの音をよく使っています。その辺もサンプリング世代のリスナーに愛される理由のひとつかもしれません。

途中で本人も語っているように、アルビノで極度の弱視です

世界のスーパー老人ミュージシャンのほんの一例ですが、彼らの何がカッコいいかって「老いの境地」に全然入ってないところなんですね。もちろん人には歳相応の魅力があって、いつまでも若さだ、アンチエイジングだとか言ってるのもどうなんだと思います。でも、長い人生のたどり着いた先が「枯れた」とか「渋み」の一択というのもちょっとつまらないですよね。たまにはこのような、老化の法則を無視したようなわけのわからないおじいちゃん・おばあちゃんがいるのも楽しいじゃないですか。

ここで唐突ですが、リンゴの品種に置き換えてみましょうか。ティーンエイジャーの頃にデビューし、すぐに天才少年・少女として脚光を浴びる早熟のミュージシャンは、8月~9月くらいに採れる極早生種や早生種に例えられます。早生種には、シナノレッドやつがる、あかねなどがあります。他にも夏緑、紅夏、恋空などかわいい名前の品種もありますよ。

きおうとつがる
早生種りんごの代表格、きおうとつがる

10代の頃から活躍するミュージシャンでは、どんな人がいるでしょうか。例えば、高校生で大御所を録音メンバーに迎えたデビュー作を発表したジャズ・ピアニストのオースティン・ペラルタ。彼はジャズだけでなく、サンダーキャットやフライング・ロータス、エリカ・バドゥなどブラック・ミュージックの代表的アーティストとも積極的に関わる若者ならではの感性のクリエイターだったのですが、残念ながら22歳で急逝してしまいました。あとは、女子高生ラッパーとしてデビュー作リリース前から注目を集めた日本のDAOKOとかも早生種ミュージシャンの代表格ですね。つい先日、11月24日にはアメリカのBeckが彼女を迎えたスペシャル・ヴァージョンのシングル「Up All Night x DAOKO」をリリースしました。

こちらはDAOKO。今は機材が発展して音楽が作りやすくなっているので、電子音楽系の若い才能はこれからどんどん登場するでしょうね

対してナミスウォフスキやパスコアルはリンゴに例えれば晩生種。晩生種には王林やふじ、むつなど有名な品種が目白押しです。以前リンゴの専門家の方に訊いたところによると、どの品種にもそれぞれの魅力、それぞれの用途があるものの、こと旨味という部分だけにフォーカスして見れば、やはりより長い時間をかけて育てた晩生種がいちばんオススメとのことでした。

王林とふじ
晩生種りんごの代表格、王林とふじ

晩生種ミュージシャンたちも、長い長いアーティスト人生のなかで時代の荒波を乗り越えつつ、たっぷりと旨味をため込んだのでしょう。これからリンゴを食べる時は、早生種か晩生種かを調べつつ食べると、より楽しみが増すのではないでしょうか。

(*その品種が何にあたるのかは、↓のりんご大学ページを見ると便利です)
/main/hinshu/season.html

2017/12/2

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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