vol.41 不滅の大記録
記録は破られるためにある、という言葉があります。実はこれは誰か歴史上の人物の名言というわけではなくて、アスリートがインタビューで口にしたり、主に少年マンガで登場人物のセリフとして繰り返し使われるうちにことわざのように定着してしまった表現のようです。何かを成し遂げた人が言うと、そりゃあキマりますよね、この言葉。
記録と言えば先日開催された東京パラリンピックは世界新記録やパラリンピック記録の嵐でした。パラ競技は車いすなどなどのテクノロジーも大きく影響するものがほとんどなので、年々技術力が進化していることの証明なのでしょう。パラリンピックを観ていて個人的に一番カッコいいなと思った名言は、自転車競技の女子選手、杉浦佳子さんの「最年少記録は二度と作れないが、最年長記録は何度でも作れる」という言葉でした。彼女は今大会で最年長金メダル記録(50歳)と、日本の自転車競技史上初の同一大会2冠という記録を成し遂げたのです。
杉浦さんは50歳なので選手としてはかなり高齢ですが、実は「ベテラン」ではありません。趣味でトライアスロンをやっていて数年前に事故に遭い、高次脳機能障がいと右半身まひが残りました。そこからパラサイクリングをはじめた「新人」なのです。彼女が残した名言を聴いて、人生は何度でもやり直せる、いつだってリスタートがきれると勇気づけられた人は多いんじゃないでしょうか。
記録はいつか破られるとは言え、もうこれは永久に破れないのではという怪物的な記録もちらほらあります。ジャマイカの男子陸上選手ウサイン・ボルトの100メートルと200メートル走などはその筆頭でしょう。身近なところですとプロ野球の落合博満の三冠王3回とかは、分業制がさらに推し進められた現代の野球システムも考えるともう不可能かもしれません。将棋の羽生善治さんの7冠制覇は長らく「最高でもタイ」だったのですが、タイトルが1つ増え更新できる可能性が出てきました。藤井聡太三冠ならやってくれるかもしれません。
アメリカンフットボールの最高峰NFLでは、QBトム・ブレイディのスーパーボウル7回優勝もおそらく更新されることはないと思います。ブレイディはまだ現役で今年は「史上初の複数チームでのスーパーボウル連覇」を目指しています。パートナーはスーパーモデル(ジゼル・ブンチェン)で本人もイケメン。なんかいろいろ持ち過ぎちゃってる人ですが、実はドラフト6巡指名という「誰も期待しておらず、すぐに辞めてもおかしくない」底辺中の底辺選手だったのです。ブレイディは究極の成り上がり人生なんですよね。
逆に、どうせすぐ破られるんだろうなと思っていたのに未だ残っているのが男子走り幅跳び。テレビの生中継でマイク・パウエルがカール・ルイスとの死闘を制して新記録を達成した瞬間を観ていたので(1991年東京世界陸上でした)その感動が今も残っているのですが、30年経っても破られていません。リアルタイムで体験した記録なので、まだ記録であり続けているのがちょっと嬉しい。ちなみに走り幅跳びは女子も1988年のガリナ・チスチャコワ以来記録が更新されていないようです。
個人的に、記録のなかで一番すごいのは「継続系」じゃないかと思っています。継続系記録でよく知られているのが、大リーグのカル・リプケンとプロ野球の衣笠祥雄の連続試合出場記録でしょう。彼らの記録は体の頑健さやどんなにしんどくても休まない根性的な部分が取りざたされることが多いのですが、本当にすごいのはライバルだらけの世界で「出場する権利を与えられ続けた」ことでしょう。
継続系記録と言えば、最近は力士の宝富士が話題になりました。宝富士はわが青森県の中泊町出身です。横綱の白鵬を超えて、幕内連続出場現役1位になったのです。白鵬は先日引退し間垣親方になりましたから、これからしばらくは宝富士の独壇場。近年は怪我で欠場する力士が目立つ角界。個人的に「休んだり怪我したりするのは根性が足りない」みたいな相撲あるあるの根性論には疑問で、怪我や故障が当たり前のスポーツだともっとしっかり認識して力士の健康に対するサポートをより進化させてくれればいいなとは思っているのですが、そういう理不尽に厳しい世界だからこそ宝富士の記録の偉大さがさらに際立つというのもまた事実。宝富士も青森県の誉れですなあ。
継続系でもう破られることはないと思われていた男子テニスのある記録。スイスのロジャー・フェデラーが持っていた世界ランキング1位連続在位期間310週が、今年とうとうセルビアのノバク・ジョコビッチによって更新されました。6年間以上トップ・オブ・ザ・トップス・・・・。どんだけ勝ってんねん。そんなジョコも東京オリンピックと全米オープンで負けて、生涯ゴールデンスラム(オリンピックと4大大会制覇)や年間グランドスラム(1年間で4大大会すべてに優勝すること)を逃してしまいました。
歴史に残る音楽動画?マイケル・ジャクソンのスリラー。
音楽とヴィジュアル芸術がコラボする時代の幕開けにふさわしい傑作
芸術の世界は「記録」という概念が成立しにくいですが、たとえばマイケル・ジャクソンのアルバム「スリラー」は世界で最も売れた作品としてギネスブックに登録されています。継続系だとなんと言っても、先日亡くなったさいとう・たかをの漫画「ゴルゴ13」でしょう。50年間1度も休まず連載し続けていたのだからすごい。こちらもギネスに記録されています。ちなみに青森市出身の古坂大魔王が扮したピコ太郎の「PPAP」は「米ビルボード Hot 100にランクインした最も短い曲」としてギネス記録認定されています。これもある意味「リンゴ」関連の音楽ですね。
音楽動画全盛時代ならではのヒット曲PPAP。
お笑い芸人のアイデア一発ものっぽい気がしてしまいますが、実はバックトラックを古坂大魔王が自分で作っているのがすごいんですよね。ちゃんとしたテクノアーティストなんです
人気漫画「ゴールデンカムイ」の登場人物、土方歳三がこんな名言を吐いていました。「この時代に老いぼれを見たら生き残りと思え」。舞台となっている明治末期は日本人男性の平均寿命はなんと40代半ば。戦争も多かった時代ですし、驚くほどの短命です。そんな時代だからこその言葉なわけですが、長く生きられるようになった現在でも長く続けるということの価値は失われていないと思います。継続は力なり。
明治は、日本がリンゴ栽培を開始した時代でもあります。青森県のリンゴ栽培は明治8年に3本の苗木が配布されたことがはじまり。明治末期にはすでに海外への輸出もはじまっていたそうなので驚きです。今の青森県は国内産出量の6割を占めるまでになりました。基本的に農業はビジネスで伝統文化ではありません。別に一代限りで終わらせてもいいのです。それでもたくさんの人が自分の子どもや次の世代にリンゴ稼業をつなぎ続けてきたから今の青森県があるわけです。たった数本の苗木からスタートしたことを考えるとものすごくドラマティックな歴史だと感じるし、アスリートたちの前人未到の継続系記録に勝るとも劣らない不滅の大記録のように思えます。
2021/10/29