vol.1 黄色いリンゴにギャップ萌え
食べ物に限らず「見た目」ってとても大切です。『人は見た目が9割』という本もベストセラーになりましたよね。おいしそうな見た目をした食べ物が、本当においしい。優しそうな顔立ちをした人が、本当に優しかった。見ただけでその価値がわかるということは、世の中に安心感を与えます。でも、今の日本には正反対の「ギャップ萌え」という価値観も広まってきていますね。見た目と正反対の性質があると、かえって魅力を感じるという考え方です。
古くは昔の少女マンガの王道パターン「無愛想で乱暴な不良が、動物を優しくかわいがっている姿に胸キュン」とかがギャップ萌えのルーツでしょうか。クールな知的美女がプライベートではドジっ子だったとか、いつもは無口なクラスメートが実はとても話題豊富で面白い性格だとか、ヴァリエーションは無限にあります。ほんの些細なことでも、あなたも日々の暮らしの中でギャップ萌えしたことがあるはずです。
ギャップ萌えは、見た目からはあまり好感を持てなかったのに、中身が良くてかえって魅力が増すように感じてしまうというパターンがほとんどでしょう。マンガやかわいいイラストが売りのライトノベルなどでは、イケメンや美少女が実は性格があまり…という設定で面白さを演出することが多いのですが、現実のギャップ萌えは、好ましくない見た目から感じていた不安を中身の良さが解消するような形じゃないと難しい。優しそうな人が実はものすごく口が悪かったということを知っても、がっかりするだけで萌えはしませんよね。そう、私たちが実際にギャップ萌えを感じるには、見た目がマイナス中身がプラスという条件が必要なんです。
個人的には、1976年の大ヒットしたミステリー映画『犬神家の一族』のコワモテで無口な登場人物、猿蔵が最後に意外にかわいらしい声で呟く「あの人のこと、忘れられない」というのが最強のギャップ萌えの例でしょうか。ちなみに、この映画はアニメ『ルパン三世』のカッコいい音楽で知られるジャズピアニスト大野雄二のサウンドトラックも素晴らしく、最近ではカリスマDJ須永辰緒がSunaga t Experience名義で発表した『STE』というアルバムで劇中の「愛のバラード」という名曲をカヴァーしています。
ギャップ萌えのことを考えるとき、私はいつも「黄色いリンゴ」のことを思い浮かべます。みなさん、頭の中に「甘くておいしいリンゴは赤い」というイメージを強く持っていませんか?グリム童話の白雪姫も魔女が差し出した毒リンゴを「まあ、赤くておいしそう」って言ってつい食べてしまいますしね。私もそういう印象を持っていました。ところが、黄色いリンゴには赤いリンゴに負けないくらいおいしい品種がたくさんあるってご存知でしたか?
リンゴの実1個を育てるのに、養分を供給する葉っぱが周りに50枚くらいないといけないのですが、赤いリンゴの場合はある程度実が大きくなると日光を当てて色を赤くするため、周りの葉を少しずつ取り除く「葉とり」という作業に入ります。葉を取った分、実に入る養分は少なくなります。黄色いリンゴにはこの作業がないため、養分がたっぷりと実に入っておいしくなるのです。「黄色いのに甘い!」というギャップ萌え効果もあってか、最近は黄色い品種も徐々に人気が出てきています。たとえば、弘前が発祥の発泡リンゴ酒「シードル」がありますが、王林とふじを組み合わせた注目の品種トキを原料にした弘前シードル工房kimoriさんの2000本限定の銘柄「kimori CIDRE GRACE」はすぐ売り切れてしまったそうです。
ところで、当然音楽にもギャップ萌えがあります。黒人演歌歌手のジェロとかそうですね。彼のあのルックスから見事なコブシの日本語の演歌が飛び出してきたらびっくりしますが、すごく楽しいですよね。オーディション番組で一躍有名になった、美声のイギリス人おばちゃん歌手スーザン・ボイルなんかもギャップ萌えで楽しめる音楽家のひとりでしょう。見た目にかかわらず、イメージから生まれるギャップ萌え音楽もたくさんあります。
私はポーランドの音楽を専門にしているライターなのですが、ポーランドの人たちって日本人にとっては、他国に侵略されて地図から消えたり第二次世界大戦時のアウシュビッツや戦後のソ連の弾圧など、いつも被害者で暗い人ってイメージが強いみたいです。でも、ちょっとシャイだけれど、ポーランド人は本当はとてもお祭り好きの「隠れネアカ」で、古くから伝わる伝統のダンスミュージックのリズムを取り入れた意外に陽気な音楽が盛んです。
代表的なものとして、そうした昔ながらのリズムにロックやパンク、エレクトロニカ、ヒップホップなどをミックスした音楽で若者に大人気のジャズグループPink Freud ピンク・フロイトを挙げておきましょう。彼らは日本にも何度も来日しており、リーダーのヴォイテク・マゾレフスキはロックスターみたいなオーラを持った渋いマスクのイケメンです。そのポーランド出身のショパンの音楽も、日本では「ロマンティック」とか「乙女な音楽」のイメージが強いのですが、やはり民謡や伝統のダンスミュージックのリズムを彼なりに取り入れたもので、かなり熱血でノリの良い音楽なんです。
もしスーパーで黄色いリンゴを見かけたら、ぜひ買って食べてみてください。その意外なおいしさにびっくりするはずです。栄養たっぷりの黄色い皮ごとその実をかじりながらギャップ萌え音楽を聴けば、味わいもさらに深くなります。身の周りのたくさんのギャップから、「安心感」よりさらに深く楽しい「驚き」を感じとって、さあ萌えましょう。
2015/9/26