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音楽ライター・オラシオの
「りんごと音楽」
~ りんごにまつわるエトセトラ ~

vol.8 ジガジサン&ランキング

つい先日アメリカのビルボード・チャートで日本の音楽がランクインして話題になった例が2つありました。ひとつは、アイドル・カルチャーとへヴィ・メタルの異例の融合ユニットとして今や世界中でたくさんの観客にヘッドバンギングさせているBABYMETALの新作『Metal Resistance』が、日本のアーティストのアルバムとしては数十年ぶりに40位以内に入ったこと。もうひとつは、ジャズ・ピアニストの上原ひろみの新作『Spark』がジャズ・チャートで1位に輝いたことです。特にベビメタは、音楽界の代表的な著名人であるピーター・バラカンさんが「まがい物」とコメントしたことで、さらに話題を呼びましたね。

あくまでも個人的な感想なのですが、最近ベストテンで何位!とか何百枚売れた、というようなトピックが話題にならなくなってきているように思います。それはやはり、情報と価値観が多様化して、みんなが共通して参考にできるランキングが存在しにくくなっているからではないでしょうか。

さて、とは言え、です。数字というのは時に最強に効果的な名刺の役割を果たします。本を出す人たち(著者、編集者、デザイナー、出版社など)にとっては「重版出来」(増刷がかかること)がひとつの成功の目安でしょうし、何十万部、何百万部という数字が「その本がベストセラーである」という証明になります。重版出来については、最近マンガやドラマでも話題になっているので、ご存知の方も多いでしょう。音楽でも、チャートにランクインするとかセールス枚数やダウンロード数がこれにあたるわけです。ここまで読んで、数字なんかでその作品の良し悪しは量れない!と言いたくなった人も多いでしょう。と言うか、私もそう思います。

突然話は変わりますが、私は農家の方の自画自賛ってすごいなあと尊敬しています。日本人は謙遜の精神を持った奥ゆかしい国民だと言われていますけど、農家の方たちってそうではないような気がします。ご自分の作った果物や野菜を採ったその場で食べて「ああ、美味いなあ」ってすごく晴れ晴れした笑顔で堂々と言う。これはなかなかできることではありません。 これって、例えば私が自分の書いたライナーやレヴューを音読して「ああ、いい文章だなあ!」と言うようなものなんです(笑)。もちろん、自分の仕事を読んでそう思うことは時々はあります。でも、農家の方たちみたいにあんなに屈託なく、いつも胸を張って言うことはちょっとできないです。でも、私たちも一種の「ものづくり」に関わっているわけですから、本当はこうやって堂々と言えないとダメなんですよね。

そんな自画自賛の農家のみなさんが、ある種の勲章にできるのがランキングなどの価値ではないかと思います。どれが一番おいしいなんて、もちろん数字では表せない。けれども、その技術と情熱が何かの形に結びつくこと自体は、とても素晴らしいことなのではないでしょうか。例えば青森のリンゴのネタだと真っ先に思いつくのが、当県は全国生産高トップを誇っているということ。なんと全国のリンゴの半分近くを青森県が生産しています。

紅玉
厳しい審査をクリアして受賞したりんごたち。
生産者たちの栽培技術向上のための努力の賜物ですね

こうして書いていて、大阪の高校(&浪人時代1年間で通った予備校)を卒業して弘前の大学に入学したあと、クラスメートとかに「青森県の大学行ってるよ」と言うと、決まってその何割かが「リンゴ畑の真ん中に建ってるの?」と訊いてきたことを思い出しました。絶対そんなわけないのに。でも、遠い地に住む大阪人にとって、「青森と言えばリンゴ」というイメージが強烈だったのでしょう。

「発想が単純すぎるやん!」とツッコミの一発でも入れたくなりますが、考えてみればこれはすごいことです。少なくとも青森県は、その県名を目にするだけで「リンゴ」の図が思い浮かぶというブランド力があるということなのですから。私たち日本人は、どこかしらで目にする「リンゴの一番の生産地は青森」というブランド・イメージを日常で刷り込まれているのです。これは1位とか何百枚売れたとかの「確実な数字」という勲章がないと起こりえない現象です。

先日、シンセサイザーミュージックの世界的大家である冨田勲さんが亡くなりました。冨田さんが、シンセサイザーというものが世界中でまだ黎明期だった70年代はじめごろに、一年以上も独学で試行錯誤しつつ録音したドビュッシーの『月の光』のシンセサイザー版。今では電子音楽の最高傑作のひとつとして音楽史に名を刻んでいますが、録音後日本のレコード会社はどこも見向きもしてくれなかったそうです。そこで彼は、『月の光』と同じく電子音楽史に輝く名作として知られるウォルター・カーロス『スイッチト・オン・バッハ』を企画したアメリカのプロデューサーにコンタクトを取りました。その後とんとん拍子に話が進み、アメリカのメジャーレーベルから発売されたところビルボードのクラシック・チャートで2位のヒットを記録し、日本人ではじめてグラミー賞にもノミネートされたのです。のちに彼の音楽は逆輸入され、日本でも大ヒットしますが、ビルボードのトップ3にランクインという「名刺」がなければどういう運命を辿っていたか、わかりません。

世界音楽史に残る傑作、冨田勲の『月の光』。
この作品に影響を受けて作品を作ったクリエイターは世界中にたくさんいます

ものづくりの現場には、いろんな職人がかかわって、いろんな技術を誇りのもとに発揮しています。品評会で一等を獲ったとか、全国一の売上高だったり収穫量があるとかって、そこに関わっていない人にとっては無機質なただの数字かもしれませんが、それは職人たちの努力の結晶であり、勲章なんです。それはきっとベビメタもリンゴも同じはず。もし近くで、そうした「ランキング」についてのデータを表示して売っているリンゴがあったら、ぜひ手に取ってみてください。農家の方たちの味に対するこだわりと職人気質って、すごいものですよ。残された数字は、うそをつきません。

2016/5/24

Profile

オラシオ

ポーランドジャズをこよなく愛する大阪出身の音楽ライター。現在は青森市在住。

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