第31回 多様なクラブリンゴ(Crab apple)
リンゴ栽培が最も古くから行われていたのはヨーロッパで、西暦紀元前からはじまったといわれている。
リンゴの原産地は中央アジアのカスピ海と黒海にはさまれたカフカス地方であるが、古代民族の移動によって野生リンゴがヨーロッパにもたらされたからである。
その根拠として、ヨーロッパ中部に散在していた湖や沼の水面に住居をつくり、集落を形成していた原住民族の遺跡から炭化したリンゴが発掘されている。これは4,000年前の銅器時代以前である。当時のリンゴは大きいもので縦径29~32mm、横径36mm、小さいもので縦径15~24mm、横径30mm前後であった。
このように、リンゴはヨーロッパでは古い歴史をもつ果樹であるが、本格的な栽培や品種改良は6~7世紀になって、主にアングロサクソン民族によって行われるようになった。しかし、今日の栽培品種に近いリンゴが出てくるのは12世紀ころからである。
リンゴは17世紀になるとヨーロッパ中部以北でも栽培されるようになるが、すべての野生種と栽培品種の中間的な大きさであった。18世紀ごろからイギリスにおいて本格的な品種改良がはじまり、19世紀になるとようやく現在の大きいリンゴと、より野生に近い「クラブリンゴ」と区別されるようになった。
クラブリンゴとは植物学的な分類でなく、一般に野生種と栽培種の中間的大きさで普通には約100g前後で、苦味と渋味のリンゴの総称で、主として加工用、料理用として使われている。(図1)
1.ワリンゴはクラブリンゴ
日本に原生するリンゴ属植物はミツバカイドウ(ズミ)とエゾノコリンゴのみである。
西洋リンゴが1871年にアメリカから導入される以前に、リンゴと呼ばれたいた林檎は中国から渡来したものである。なお、日本で栽培リンゴの台木として利用しているマルバカイドウも中国からの渡来品である。
林檎の文字が日常の果物として出てくるのは鎌倉時代であるが、中国からの渡来はそれ以前の9世紀ごろと推定される。林檎の栽培は徳川時代に入って普及し、北陸地方や東北地方で栽培されるようになった。
1875年4月、内務省勧業寮は青森県庁に苹果(ヘイカ)と表記したリンゴ苗木3本を配布した。勧業寮は在来種であるワリンゴ(ジリンゴ)を林檎とし、西洋からの外来種(アップル、セイヨウリンゴ、オオリンゴ)を苹果として区別した。
青森県では1890年ごろまでアップルをセイヨウリンゴと呼び、在来のワリンゴとの区別を鮮明にしていたという。ワリンゴは直径5cmくらいの大きさで、赤い色がつき、お盆に仏前に供える果物として大事なものであった。ワリンゴはクラブリンゴに相当する。
長野県では、かつて「高坂林檎」が栽培されていたという飯綱町で現在も「高坂りんご」というワリンゴを栽培している人たちがいる。滋賀県彦根市では、昭和中頃に絶滅してしまった「彦根りんごを復活する会」を立ち上げて、その普及を試みている。
ワリンゴは、全国で11ヶ所(2017年時点)に現存しているだけである。まさに絶滅の危機の中で昔からの文化を守ろうと努力を続けている。
2.日本で育成されたクラブリンゴ(アルプス乙女)
長野県松本市の波多腰邦夫氏が、1964年に「ふじ」と「紅玉」の混植園の「紅玉」の実生を育成・選抜し、1968年に「アルプス乙女」と命名した品種である。DNA分析によると、種子親は「ふじ」、花粉親は「ヒメリンゴ」の可能性があると推定されている。
全日空機の機内食に取り上げられたことから話題となり、広く知られるようになった。果実の大きさは25~50gで、果皮色は濃赤色で光沢がある。甘味と酸味が調和しておいしいので、料理の付け合わせや、屋台でよく見かけるりんご飴にも利用される。わい性で実つきがよく、庭木や生垣にも適する。
3.観賞用クラブリンゴ
クラブリンゴには、果実を食用にする品種のほかに、春の花や秋の果実を鑑賞する多くの種や品種がある。これらのクラブリンゴはアメリカやヨーロッパの寒冷地において、花の色が純白、ピンク、赤紫の変化のある庭園樹や街路樹として普及している。日本でも庭木や盆栽として楽しまれている。
「ヴァン・エセルタイン」のように花弁が大きく15枚もある八重で、とてもリンゴの仲間と思えない品種もある。
花、葉、枝ぶり、果実の美しいクラブリンゴが、庭木や街路樹として目を楽しませてくれ、リンゴ園では花がきれいで、おいしい果実がたわわに実る、これが本当のリンゴ産地である。
4.授粉樹としてのクラブリンゴ
リンゴ園のほとんどは、授粉を考慮して数品種を混植しているが、このような園地では収穫などの作業効率が悪い。
さらに、早生種と晩生種が混植されていると、農薬の使用基準(収穫前日数が決められている)によって9月上旬の病害虫防除に対する農薬の特別散布が早生品種の収穫期に当たるため実施ができない状況が発生する。
したがって、経営規模の大きい生産者は、異なる品種の混植を行わない単植化に対する関心が高まっている。
単植園における授粉専用クラブリンゴの条件は、花粉稔性が高い二倍体品種であること、栽培品種と開花期が一致し、十分な花粉量があること、隔年着花しないこと、樹姿がコンパクトであることがあげられる。
授粉樹として市販されているクラブリンゴは、「スノードリフト・クラブ」、観賞用品種でもある「レッドバッド・クラブ」、「ネービル・コープマン」、「メイポール」、「ドルゴ・クラブ」などがある。
参考資料
1. 青森県のりんご 改訂版 杉山芬・杉山雍著 青森県りんご協会 2015年7月
2. 文化と果物-果樹園芸の源流を探る- 小林章著 養賢堂 1950年5月
3. リンゴ品種の単植化に向けた新しい結実安定技術の開発 農研機構果樹研究所公開シンポジウム資料 2008年10月
(2023/10/16)