第27回 芽の休眠と春先の生育
リンゴの1年間の生育サイクルを図1に示した。
リンゴは春季の気温の上昇に伴い、まず根が伸長しはじめ養水分の吸収が活発になる。地上部では冬季の低温によって、5ヶ月にも及ぶ休眠から醒めた芽は活動を開始し、根から供給される養分と前年に蓄えられた貯蔵養分を用いて花芽の発育、新葉や新梢の成長、開花・結実などの初期生育が行われる。
その後、果実肥大期、花芽分化期、果実成熟・養分蓄積期を経過し、休眠期に入る。
(図1)リンゴの1年間の生育過程(中生種の例)
1.芽の休眠
リンゴ・ナシ・モモ・カキ・クリ・ブドウなど落葉果樹の芽は、秋季から翌春の成長開始期まで休眠状態で越冬する。これは落葉果樹が冬の過酷な環境条件下の中で安全に生存していくために獲得した遺伝子レベルでの環境適応戦略である。
一方、リンゴ枝梢・芽の耐凍性は気温の低下と共に次第に高まり、2月下旬には耐凍性は最高になり、-25℃の寒さにも耐えられる。それ以降は、気温の上昇と共に耐凍性は直線的に低下していく。耐凍性の発現も、落葉果樹が厳寒の中で生存を可能とする適応戦略の一つである。
●自発休眠と多発休眠
一般に落葉果樹では落葉から翌春の発芽までを休眠期と呼んでいる。
休眠期間中のリンゴの芽は、たとえ成長に好適な環境条件が与えられても発芽しない時期がある。芽のこのような生理的要因による休眠を自発休眠期と呼んでいる。
しかし、春が近づいて芽がいつでも発芽できる態勢に入っているにもかかわらず、外気温が低いために発芽できない状態にある期間を他発休眠期という。
リンゴの芽は、9月頃からすでに自発休眠期に入っており、10月~11月頃が最も休眠が深い。その後低温に遭遇するにつれて、次第に休眠から醒めていく。リンゴの芽は、1月上旬頃になると自発休眠から醒めている。しかし、気温が低いために活動ができない状態におかれている。
●低温要求
芽が自発休眠から醒めるためには、ある一定期低温に遭遇する必要がある。これを低温要求という。自発休眠の打破には低温要求が絶対的なものである。低温を完全に代替できる要因は知られていない。
低温要求は、園地から採取した切り枝を室温(21℃)で水差しにし、10~14日後に約50%の芽が発芽した時点を自発休眠覚醒期とし、その時点までの7.2℃(45℉)以下の積算時間で示すことが一般的である。
このような方法で調査した落葉果樹の低温要求は表1のとおりであるが、果樹の種類、品種によっても大きく異なる。
わが国では、鹿児島の奄美群島および沖縄県を除いては、落葉果樹の低温要求はほぼ満たされている。
(表1)落葉果樹の自発休眠覚醒のための低温要求
AVERY(1947) カリフォルニア ・マリーランド |
EGGERT (1951) ニューヨーク |
高馬(1953) 長野・京都 |
|
---|---|---|---|
アーモンド | 500 | ー | ー |
スモモ | ー | ー | 1,128 |
モモ | 1,000 | ー | 816~1,276 |
甘果オウトウ | 1,440 | 2,007~2,272 | ー |
酸果オウトウ | ー | 2,560~2,787 | ー |
リンゴ | 1,400 | 2,322~3,684 | 1,440~1,632 |
ニホンナシ | ー | ー | 1,344~1,440 |
セイヨウナシ | ー | 2,272~2,560 | 1,632 |
カキ | ー | ー | 816~1,032 |
クリ | ー | ー | 1,440 |
クルミ | ー | ー | 1,632~1,920 |
ブドウ | 200 | 3,401~3,580 | 1,848~2,064 |
スグリ | ー | 2,560 | 1,152 |
レッド・ラズベリー | ー | 1,180 | ー |
ブラックベリー | ー | 2,007 | ー |
ブルーベリー | 800~1,060 | 3,891 | ー |
(注)ブドウ:1,000~2,000(Msgoon,Dix 1943)、1,000~2,000(黒井、1973)
間苧谷徹ら(2002)新編 果樹園芸学.化学工業日報社:143.
2.「ふじ」の落花期までの生態と安全限界温度
主力品種「ふじ」の発芽から落花までの生態(黒石市・りんご研究所)を表2に示した。
近年、温暖化により、リンゴの発芽から落花までの生態は早まる傾向にあり、花芽の耐凍性が低い開花から満開までの期間は低温により霜害の危険度が増加している。
「ふじ」の安全限界温度は展葉期で-2.1℃、花蕾着色期で-2℃、開花満開期で-1.5℃、落花期で-1.7℃であり、樹体温度がこれらの安全限界温度以下に1時間遭遇すると障害が発生する恐れがある。
(表2)「ふじ」の生育ステージ(黒石市、りんご研究所)
発芽日 | 展葉日 | 開花日 | 満開日 | 落花日 | |
---|---|---|---|---|---|
平年 | 4月9日 | 4月19日 | 5月8日 | 5月13日 | 5月17日 |
最早 | 3月27日 | 4月6日 | 4月24日 | 4月29日 | 5月4日 |
最晩 | 4月23日 | 5月1日 | 5月21日 | 5月26日 | 5月30日 |
注1 発芽日:頂芽の頂部が破れ、青味の現れたものが3個以上認められたとき
展葉日:小さくても正しい葉形をした葉が1枚でも認められたとき
開花日:1~2花開花したとき
満開日:頂芽花の70~80%開花したとき
落花日:頂芽花の70~80%落花したとき
注2 平年は1996~2015年(20年間)
注3 最早は2002年、最晩は1984年
(2022/4/19)