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映画ライター・月永理絵の「りんごと映画、時々恋」
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食べ物としてだけではなく、たくさんの側面を持つ果実。物語の中に出てくるそれは、脇役でありながら観る人に強烈な印象を与える。スクリーンの中でもその存在感は変わらず、観る人を惹きつけるーーー。ここでは、映画ライターの月永理絵さんに、数ある映画の中からスポットを当てていただきます。是非、映画と共に観賞してみてください。

Vol.24 偽物のりんごと本物の見分け方は?


『さすらいの女神たち』

■マチュー・アマルリックが監督した『さすらいの女神たち』

カフェや雑貨屋の店頭に置かれた色とりどりのフルーツ。ぴかぴかに光っていていかにも美味しそうに見えるけれど、鼻を近づけるときっと何の匂いもしないはず。それらはたいてい、客の目を楽しませ、インテリアに華を添えるために用意されたプラスチック製の偽物(フェイク)のフルーツだから。でも本当に偽物なのかどうか、実際に試したことがある人は、どれくらいいるだろう?

『さすらいの女神(ディーバ)たち』という映画には、まさに偽物か本物かわからない、色とりどりのりんごが登場する。俳優としても活躍するマチュー・アマルリックが監督・主演した映画で、元テレビプロデューサーの男が率いる、ニュー・バーレスクのダンサーたちのフランス巡業ツアーの様子が、ユーモアをこめて描かれる。

バーレスクショーとは、元々1920年代にアメリカのキャバレーで流行したショーのスタイルで、派手な衣装を身につけた女性たちが、舞台上で衣服を脱いでいく出し物。1990年代以降、この伝統的なショースタイルを愛した女性たちが新たに復興したのがニュー・バーレスクショーだという。映画に出演するのは、実際にダンサーとして活躍する女性たち。劇中では、彼女たちが自らニュー・バーレスクについてこう語る。「これは女性のための女性によるショー。男には口を出させず、自分の考えたアイディアで、女性としての自分を表現する」。演目は、人によってバラバラだ。コミカルな演技で笑いをとったり、毎回小道具や装置に工夫を凝らし人々を驚かせる者もいる。自慢の歌声を披露する女性もいれば、官能的な美しさで見る人をうっとりさせたり、鍛えられた体で曲芸的な技を披露する者もいる。

年齢も体つきも千差万別だが、全員に共通するのはその煌びやかさ。まるで武装するように、彼女たちは、ド派手な衣装と化粧で自分が見せたい姿をつくっていく。長いつけまつげと、大胆にセットした髪型、丁寧に塗られたメイクがフェイクフルーツのように彼女たちを光り輝かせ、その光が観客を魅了しひれ伏させる。

■喜劇と悲劇の絶妙な混ざり具合

華やかなダンサーたちを束ねるのは、マチュー・アマルチック演じるジョアキム・ザンド。フランス出身の彼がアメリカで人気の彼女たちを呼び集め、フランスでの巡業ツアーを企画したのだ。ジョアキムの決めたルートを辿りながら、ダンサーたちは大きな荷物をかかえ、電車で移動して歩く。でも、旅を続けるうちだんだんと疑問が持ち上がる。ルアーブル、ナント、ラ・ロシェル、トゥーロンと海沿いの街の劇場をまわってきたけれど、肝心のパリ公演の詳細はいつまでたっても決まらない。ときおり、フランス語で誰かと電話で揉めている様子のジョアキムを窺いながら、どうもこのツアーには秘密がありそうだと彼女たちは怪しみだす。

実はジョアキムは、かつてはテレビプロデューサーとして成功をおさめたが、同業者たちと揉め、パリを追い出された身の上。逃げるように渡ったアメリカでニュー・バーレスクのショーと出会い、新しい事業で故郷フランスに凱旋しようと計画していたのだ。だが昔の仕事相手はいまだに彼を恨んでおり、パリでの公演を妨害する。離婚した妻との間にいる息子ふたりの面倒も見なければならず、ジョアキムはイライラを募らせていく。

自分の不始末を隠し、女性たちに苛立ちをぶつけるジョアキム。とはいえ彼女たちは彼の怒声など相手にしない。何を言われようと笑い飛ばし、「これは私たちのショーなんだから、あんたは黙ってな」と一掃する。どれほど悲しみに暮れようと、いつも女たちの陽気な力に跳ね返されるジョアキムは、悲劇の人のようでいて、ただの拗ねた子供のようでもある。

■りんごを手に入れるための「コネ」とは?

とはいえ、女たちもただ強く逞しいわけではない。多くは語らなくても、ひとりひとりにいろんな過去があり、それぞれに迷いを抱えているのが、ささいな場面から見えてくる。なかでも、舞台では大きな羽根飾りを振り女王然とした威厳を見せるミミ(ミランダ・コルクラシュア)は、みんなと笑い転げながらも、ときおり憂鬱そうな顔を見せる。以前はテレビの世界で活躍していたという彼女にも、ジョアキムと同じように、触れられたくない過去があるのかもしれない。

そんなミミだからこそ、ジョアキムの苛立ちをすぐさま見抜く。彼が息子たちの世話やパリでのごたごたに夢中でショーに身を入れていないと感じたミミは、夜遅く、酔っ払ったジョアキムに文句をぶつけてしまう。子供みたいな言い争いを続けたすえ、彼を引っ叩いたミミは、もううんざりだというように頭を抱え、「ああもう、りんごが食べたい!」と叫び出す。興奮したジョアキムは「俺が持ってきてやるよ、たしかホテルのカウンターにあったから」と答えるが、途端にミミは笑いだす。「あれは偽物よ、バカね!」

ホテルのカウンターには、たしかに籠入りの赤と青の鮮やかなりんごが置かれていた。でもそんなもの飾り用の偽物にちがいないし、本物と勘違いするなんてジョアキムにはまったくまわりが見えていない証拠だ。本人も恥ずかしくなったのか、「自分にはコネがある、なんとしてでも本物のりんごを手に入れてやる」と息巻いてホテルの外へと出かけていく。夜中にりんごを手に入れるための「コネ」とは一体何なのか。そうまでにしてプロデューサーとしての有能さを証明したいという、ジョアキムの子どもっぽさが笑えてくる。

■それでも旅は続いていく

結局、ジョアキムはりんごを手に入れられたのか、よくわからない。勢いよくホテルを飛び出したあと、ミミにりんごを渡すシーンはなかったので、おそらく彼のコネは役に立たなかったのだろう。ただし、面白いのはこの後。朝になり、ホテルに戻ったジョアキムが息子たちの部屋を訪ねると、なんと彼らは赤いりんごにかぶりついている。それを眺めるジョアキムは驚いた顔。いったい彼らはどうやってこのりんごを入手したのだろう? もしかしてホテルのカウンターから? とすれば、あれは偽物の飾りではなく本物のりんごだったのか? ピカピカに光るりんごを見て「偽物」だと断言したミミも、その言葉に同意したジョアキムも、実際にそれを確かめたわけではない。先入観に惑わされず手を差し出してみれば、簡単に本物を手にできたかもしれない。大人たちにはできなかったことを、子供たちはいとも簡単に成し遂げてしまったというわけだ。

その後、彼らの間でりんごの話題が出ることはない。けれど、このりんごのシーンの後、ジョアキムの顔からは徐々に苛立ちの表情が消えていったように思う。息子たちを送り出し、ツアーのみんなと別れミミとふたりで次の公演に向かうことになった彼は、ぶつかりあいながらも、一枚一枚その鎧を脱いでいく。舞台で衣装を脱ぐのはミミ。でも現実で鎧を脱ぎ捨てるのはジョアキムの方だ。こうしてふたりは和解し、再びツアーへと合流する。

過去におかした過ちも、自ら負った傷も、そう簡単には消えてなくならない。この公演を成功させたからといって、かつての栄光を取り戻せるわけでもない。そのことを悟りながら、それでも旅はどこまでも続く。ジョアキムとミミ、そして彼らの仲間たちは、旅を続けるうち、どんどん身軽に、素直になっていく。その無邪気さがあれば、いつかきっと本物のりんごを手にできるだろう。

『さすらいの女神たち』<br>
            監督:マチュー・アマルリック<br>
            出演:マチュー・アマルリック、ミランダ・コルクラシュア、スザンヌ・ラムジー<br>
						U-NEXTで配信中
『さすらいの女神たち』
監督:マチュー・アマルリック
出演:マチュー・アマルリック、ミランダ・コルクラシュア、スザンヌ・ラムジー

U-NEXTで配信中

2023/3/16

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プロフィール

月永理絵

エディター&ライター。『映画酒場』『映画横丁』などの雑誌や、書籍の編集をしながら、ライターとしても活躍している。大学卒業後に小さな出版社で働く傍ら、映画好きが高じて映画評の執筆やパンフの編集などをするように。やがて会社を退職し、現在はフリーランスで活動中。青森市出身で、現在は東京都在住。

映画酒場編集室  http://eigasakaba.net/

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