Vol.12 ラブコメの女王はりんごがお好き?
■90年代ラブコメ映画の女王メグ・ライアン
先日、久々に1990年代のラブコメ映画をいくつか見直した。「おこもり期間に見たい90年代の恋愛映画」というテーマで原稿を依頼されたからなのだが、なつかしい作品に再び出会えて、なかなか楽しい仕事だった。ジュリア・ロバーツの名前を一躍有名にした『プリティ・ウーマン』(ゲイリー・マーシャル監督、1990年)や『ベスト・フレンズ・ウェディング』(P・J・ホーガン監督、1997年)。ドリュー・バリモアの可愛らしさが大人気となった『25年目のキス』(ラージャ・ゴスネル監督、1999年)。キャメロン・ディアスの魅力がたっぷりつまったコメディ『メリーに首ったけ』(ボビー&ピーター・ファレリー監督、1998年)。軽い笑いとともに恋愛模様を描き出すラブコメ(ロマンチック・コメディ)映画をつくりあげたのは、女優の力。彼女たちの笑顔やファッション、軽妙なおしゃべりが観客を夢中にさせ、ヒロイン役の女優が輝けば輝くほど、映画もまた光り輝いた。
そんなラブコメの女王として君臨した女優が、メグ・ライアンだ。往年の名作映画『めぐり逢い』にオマージュを捧げた『めぐり逢えたら』(ノーラ・エフロン監督、1993年)をはじめ、数々のヒット作に出演。新たなラブコメ女優として大人気となった。ジュリア・ロバーツのようなゴージャスさとは違う、どこか親しみやすさを感じさせるのが彼女の魅力。くるくると動く瞳にあひるのようにチャーミングな口元。カールした金髪を無造作に動かすショートヘアは、日本のファンも魅了した。
■ラブコメ嫌いを克服させてくれた『恋人たちの予感』
正直にいうと、私自身はずっとラブコメ映画が苦手だった。子供の頃は派手なアクション映画やSF映画に夢中で、10代になると、おしゃれなアート映画に惹かれていった。当時流行っていた恋愛映画には興味が向かず、ラブコメなんてどうせハリウッドスターたちの軽薄な恋愛ごっこ、最後は必ずハッピーエンドだなんてくだらないおとぎ話だと鼻で笑っていた。今思うと、いかにも10代のいきがった感想らしく恥ずかしい。そんな私の偏見と思い込みをぶち壊してくれたのは、メグ・ライアン主演の大ヒット作『恋人たちの予感』(ロブ・ライナー監督、1989年)だった。
これは、サリー(メグ・ライアン)とハリー(ビリー・クリスタル)という二人の男女の10年近くにわたる物語。最初に出会ったときの印象は最悪。二度目の再会でもやっぱり悪印象。でも三度目の再会で意気投合した二人は大の親友に。さて二人の友情は恋愛に発展するのかしないのか。この映画の何よりの魅力は、二人の絶え間ないおしゃべりだ。ときに喧嘩や議論もしながらぺちゃくちゃとしゃべりまくるサリーとハリー。ギャグや皮肉を交えながら、二人は会話のなかで徐々に関係を変化させていく。ひたすら会話劇で紡いでいく様がただもう楽しくて、そうか、ラブコメってこんなにおもしろかったのかと驚いた。それからというもの、私はすっかりラブコメのおもしろさに目覚めてしまった。
サリーは、ニューヨークに暮らし仕事もバリバリこなすすてきな女性だけど、一方でなんとも言えないめんどくささが漂う。最初にハリーと出会ったとき、二人は食堂で一緒にご飯を食べるのだが、ここでサリーのめんどくさいこだわりっぷりが露呈する。店員にサラダとアップルパイ・アラモードをオーダーしたサリーは、ぺらぺらと注文を続けていく。「アップルパイは温めて。だけどアイスクリームはパイの上じゃなくて横に添えてね。アイスはバニラじゃなくてストロベリーがいいんだけど、もし無いならアイスは無しにして代わりにクリームを乗せてくれる? でも缶入りのクリームしかないならクリームは無しでパイだけでお願い。ああもしパイだけになるならそれは温めなくていいから」平然とした顔で長々と注文を続けるサリーに、ハリーも店員も呆れ顔。一方の本人はそんな周囲の反応に気づかず「何? 私の顔に何かついてる?」と困惑顔。映画では、終始こうしたサリーの「強いこだわり」が登場し、ハリーと観客を笑わせてくれる。そして最後には「サンドイッチの注文に1時間半もかける君が大好きだ」なんてセリフで号泣させるのだから、この映画の脚本は本当に素晴らしい。
■『めぐり逢えたら』と『ユー・ガット・メール』
ところで、『恋人たちの予感』のアップルパイ・アラモードをはじめとして、メグ・ライアンはりんごがお気に入りのようだ。たとえば『めぐり逢えたら』で演じた、ボルチモアで暮らす新聞記者アニー。彼女はある日偶然ラジオから聞こえてきた、シアトルに住むシングルファザーのサム(トム・ハンクス)に興味を持つ。これまで愛なんて信じていなかったのに、亡き妻への思いを静かに語る彼の言葉に、初めて愛の存在を信じられたのだ。眠れぬ夜、アニーはキッチンでひとり青りんごの皮を剥きながら、会ったこともない男の言葉に涙を流す。一方遠いシアトルの地では、サムが息子に語ってきかせる。「君のお母さんはいつだってりんごの皮を剥くのがうまかったんだ」。やがてサムの声が耳から離れなくなったアニーは、意を決してシアトルの彼に手紙を出す。そして今度はサムがその手紙に心を打たれ、ふたりはすれ違いながらもやがてニューヨークでめぐり逢う。
この『めぐり逢えたら』の主人公コンビが再び集結したのが『ユー・ガット・メール』(ノーラ・エフロン監督、1998年)。ここでのメグ・ライアンは、ニューヨークの片隅で小さな絵本専門店を営む女性キャスリーン役。トム・ハンクスは、同じ地区に進出してきた大型書店の経営者ジョーを演じる。商売敵の二人は、互いに相手を嫌いあう。だが実はそれぞれが相手の正体を知らぬまま“メル友”になっていた、というのがこの映画のおかしなところ。物語自体は1940年製作の映画『桃色の店』(エルンスト・ルビッチ監督)のリメイクだが、喧嘩ばかりの二人がいつのまにか惹かれあい恋人同士に、という定番のラブストーリーはやっぱり楽しい。先に相手の正体の気づくのはジョー。相手の正体を知った彼は、戸惑いながらも自分の本当の気持ちを理解する。自分を憎むキャスリーンの気持ちを少しずつほぐしていき、最後にようやく種明かしをする。まだジョーが正体を明かす前、二人がニューヨークでデートを重ねる様がまたいい。一緒に近所を散歩したり、朝市で買いものをしたり。ここでもメグ・ライアンは、買ったばかりのりんごにがぶりとかぶりつく。
こうして見ただけでも、3つの映画でメグ・ライアンはりんごを食べている。アイスクリーム添えのアップルパイ、きれいに皮を剥いた青りんご、またあるときは皮を剥かずに齧りつく小ぶりなりんご。どうやらラブコメの女王は相当のりんご好きらしい。ところでこの3作品に共通する、もう一人の人物がいる。監督、あるいは脚本家として、時代を象徴する名作ラブコメ映画を数々つくりあげたノーラ・エフロン。彼女こそ、『めぐり逢えたら』『ユー・ガット・メール』の監督であり、『恋人たちの予感』の脚本を手がけた重要人物なのだ。りんごが好物だったのは、実はこちらのラブコメの女王の方だったのかもしれない。
2020/8/21