vol.5 小さな“ゆめ”と、りんごの絵
例年より暖かいといわれるだけあって、雪関連のイベントが目白押しとなる2月でも、寒さに身震いするどころか、春がそこまで来ているような陽気に見舞われ、少し戸惑いを感じます。通勤や保育園の送迎、日用品の買い物など、出歩く機会が多いので、生活するには便利ですね。ただ、季節を逆手にとって遊ぶにはちょっぴり寂しく感じます。
にぎやかな年末年始が過ぎ、日々の生活が落ち着いてくるこの時季になると、息子の誕生日がやってきます。そうすると「ああ、震災から○年がたったのか」と思い馳せます。
東日本大震災の発生時、私は息子を出産したばかりで、実家(岩手県盛岡市)に身を寄せていました。朝からぐずりがひどかった息子は、なぜかあの激しい揺れが起きた瞬間に眠りに落ち、皆がパニックで騒然としているなか、気を失ったようにぐっすりと眠り続けました。
自宅のあった仙台には夫がひとり。彼には不便をさせましたが、今思えば産後すぐの状況で、ライフラインが1~2日で復旧する場所にいたのは不幸中の幸いでした。家族も多いので、心細い思いをしなくても済みました。ガソリンの調達やおむつの買い出し、食料品の確保など、寒空の下、行列に並んでくれた両親や弟妹に感謝しています。
あれから5年。
実は、昨年ずっと参加したいと思っていた『陸前高田市図書館ゆめプロジェクト』に少しだけ関わることができました。
岩手県の沿岸南部に位置する陸前高田市は、震災で壊滅的な被害を受けたところの一つです。被災した公的施設には図書館もあり、現在でも仮設図書館や移動図書館による運営が行われています。同プロジェクトは、その図書館をみんなの力で再建させようという取り組みです。
不要になった本(5冊以上は送料無料)を送ると、古書販売の専門業者が市場価格を考慮して買い取り額を査定します。その金額が、陸前高田市に図書館の再建資金として寄付されるという仕組みです。
いつか私も本を送ろうと長いこと考えていました。今回は、2つある本棚から、段ボールに詰めること5箱分。
何度も目を通した本、読んでから何年も開いていない本、大きい本、小さい本、厚い本、薄い本、専門書からコミックまで。もともと本を捨てられない私にとって、選定は重労働でしたが、「この決断がきっと役に立つんだ」との思いで作業を進めることができました。
梱包した本は、ホームページの専用フォームから必要事項を入力しただけで、所定の日時に集荷に来てくれます。伝票記入や、配送業者に持ち込む手間もないので助かりました。本当に簡単です。
最近の報道によると、被災地の方が現在復興を感じているかどうかを調査した結果、半数以上の人が「感じられない」と答えたそうです。
国や自治体が行う施策は別として、ボランティア活動や寄付については、一人一人考え方が違います。アプローチの仕方や参加方法も多様ですし、正解はありません。
私に関してのみ言えば、今回のことは「微力ながら力になりたい」と始めたことですが、実際にやってみて気が付いたことがあります。それは「人のため」ではなく「自分のため」だったということです。
既筆していますが、私にとって図書館は、知識を得、学ぶ施設というだけなく、家族間のコミュニケーションスペースでもあり、心を豊かにしてくれる大切な場所です。文章を扱う仕事に就いてきた経緯もあって、本自体もなくてはならない宝物です。
「書籍寄付受領書」が送られてきたとき、大げさに聞こえるかもしれませんが、その思いが救われたような気がしました。同時に、被災した故郷に対して何もしてこなかった、自戒に似た思いからも、一歩進めたような気持ちになったのです。不思議ですね。また、機会があればぜひ参加したいです。
昨年発表された構想によると、新図書館は今秋開館する予定です。再建を通じて、同市のみなさまに少しでも笑顔が広がることを願っています。
さて、真面目なお話から少しそれますが、選定にあたりどうしても手放せなかった書籍がありました。『週刊世界の美術館』(講談社)と『週刊美術館』(小学館)です。
創刊はどちらも2000年2月。毎週火曜日発売で、1冊税込500円(当時)。
私は大学生でしたが、大好きな美術系ムックに飛びついたものの、これが毎週2冊分となると結構な出費で……。生活費をやりくりしながら買い貯めました。
最終的に全巻は集められませんでしたが、どこへ転勤になっても持って行きましたし、今でもときどき見返します。
選定中もつい開いて眺めていましたが、そのなかで『リンゴと鉢植えの桜草』という絵に目が留まりした。フランスの画家、ポール・セザンヌ(1839~1906年)の代表作です。
セザンヌは、印象派やポスト印象派などと紹介されていますが、単一の視線から描写する遠近法を否定し、多視点から描いた構図を絶妙なバランスで一平面に描くという、静物画に革命を起こした人物でもあります。これはキュビスム(立体派)の先駆けともいわれ、後のマティスやピカソにも大きな影響を与えました。
その彼が、生涯で最も多く描いた主画題がりんごです。「りんご一つでパリを驚かせたい」と語っていたことは有名で、200点ほどある作品のうち、60点以上にりんごを描いています。
制作に時間をかけることでも知られており、何時間も同じポーズを強いられたモデルに疲労がみえると「りんごは動かない!(=りんごのようにじっとしていなさい)」と怒鳴ったり、また、彼自身がりんごを描くときにも、下絵の段階で腐ってしまったというエピソードもあるほどです。
彼の描くりんごは、「皮をむいて食べたくなる」のではなく、「美しい形と色彩を持ったりんご」「模写したくなるりんご」「圧倒的な存在感を放つりんご」などと評され、「りんごの画家」の別名が付いたほどです。 「近代絵画の父」と呼ばれた彼が、それほどまでにりんごに傾注したのはなぜだったのでしょう。そして、彼の瞳に映っていたのはどんなりんごだったのでしょう。
この本は、まだ陸前高田に送れない―――。
手元に残した古雑誌に、再びぐいぐいと吸い寄せられます。りんごとさくら。弘前っぽいネーミングで(正しくはサクラソウですが)、親しみがわくじゃありませんか。
ああ、直に、この目で観てみたい。オルセーでも、メトロポリタンでもなく、エミルタージュでもなくて、青森県立美術館で。そう思うのは県民のわがままでしょうか。
(参考)
『陸前高田市図書館ゆめプロジェクト』 http://books-rikuzen.jp/
※公式facebookもあります
2016/2/19