おいしいりんごが食べたくて。
~じゃいご女将のご試食コラム~
おいしいりんごが食べたくて。
~じゃいご女将のご試食コラム~
空が高くなって、風がひんやりと肌に触れるころ、津軽地方では至るところでさまざまなりんごが並びはじめます。大地の恵みと作り手の思いが詰まったこの宝物を、北東北国出身のじゃいご(=田舎)女将が丸かじり! あなたも、お気に入りの一つを見つけてみませんか。
先に言いますと、今回ご紹介する4つは、どれも酸味が少なめのまろやかな味です。私の周りには「歯ごたえがあって、ちょっと酸っぱいくらいのが好き」という青森県民が多いのですが、酸の刺激に弱い人や、とにかく甘いのが食べたいという方にはおすすめの品ばかりです。
青森で暮らし始めてから、さまざまな種類のりんごを口にするようになり、また、ほかの方の感想を聞く機会も増えてきました。特徴については、おしなべて「甘み」「酸味」「食感」で表現されることが多いです。さらに「色」や「大きさ」など視覚的な要素も加わって、どんなりんごなのかが伝えられています。
味に関しては、前者の3つでは表現しきれないというのが私の気持ちです。もう一つの要素「香り」をくみ取ることで、それぞれの個性にぐっとひろがりが出るということを、近ごろ特に実感しています。
「おいらせ」は、洋梨のような香りがします。香りだけではありません。驚いたのは、果実にナイフを入れるところから。手に伝わる感覚が、やはり洋梨と似てとてもやわらかいのです。「あれ、これホントにりんご?」という意外性がありました。
そして、切ったそばから果汁がじわじわしみ出してきます。水分も甘みもたっぷり! それを守るように皮はかためで、口の中でもしっかり存在感があります。皮を除けば、歯の弱いお年寄りの方でも、十分においしくいただけます。手づかみ食べをする幼児や、酸っぱいのが苦手というお子さまには、スティック状に切って持たせてもよいでしょうね。初めてりんごを食べる子でも、きっと好きになってくれるはずです。
「シナノスイート」は、名前の通り、甘みが前面に出ています。酸の刺激はほとんどありません。長野県で誕生したので「信濃」の地名が付いていますが、「ふじ」と「つがる」の交配種なので、実は身近なりんごです。黄緑のさし色が入り、おしり(がくの周辺部分)が丸く、艶があります。
外見からは想像しにくいのですが、これも梨の香りがします。ショリショリと噛み砕いたあと、ふぅーん、と鼻から息を吐くと、こちらは和梨に似たみずみずしい香りが抜けていきます。さわやかな甘みがあるので、仕事の合間の息抜きやおやつタイムに、ちょっとつまむのが私流です。
香りの話とは少し離れますが、まるかじりするのにピカイチなのが「星の金貨」です。 名前が素敵ですね。明るい黄色の果実が金貨に似ていることから名付けられたそうです。星つながりで言うと、フランスの作家、サン=テグジュペリの代表作「星の王子さま」に出てくる王子の髪はこんな色だったのでは、と物語の世界に思いをはせます。生産者のネーミングのセンスに、一介の主婦がロマンをかきたてられました。
これに包丁を入れるなんてもったいない。なにせ、金貨ですから。丸のままいただきましょう。皮が薄くやわらかいというのも、まるかじりをおすすめする理由の一つです。甘さは強めですが、青りんごの透明感のある香りが、すっきりとした後味を生み出します。皮が薄い分傷つきやすいので、お取り扱いは慎重に。
弘前に引っ越してきて最初の秋、八百屋の店先にひときわ目立つ、大きな赤いりんごが並んでいました。
「それ、中国で人気でね。(国内では)なかなか出回らないんだけど、今年はうちにも少し入ったんだよ」 と、店の奥さんが教えてくれたので、好奇心に任せて購入した記憶があります。
それが「大紅栄」です。
手にずしりとくる実入りの良さ。大味ということはなく、黒みがかった果皮の中にはこっくりとした甘みと豊かな果汁を蓄えています。種まわりが小さいので、可食部分が大きいのも魅力です。お得な気持ちになれますよね。
赤は魔除けや繁栄の象徴とされているので、中国で人気なのもうなずけます。春節(旧正月)のお祝い用として高値で取引される高級品です。
もうずっと前になりますが、春節を台北で迎えたことがありました。通りが赤色の装飾で染められ、お祭りムードにあふれていたのを思い出します。
印象的だったのは、夜の打ち上げ花火。中でも、耳を裂くような爆竹の音のすさまじさに衝撃を受けたものです。一般道や歩道のみならず、ビルの谷間や路地裏でも、それはもう、ところ構わずバンバン上がります。深夜にもかかわらず、街全体の明るいこと!
立ち上る煙とはじけ飛ぶ火花が赤色の街に重なる幻想的な光景を、ホテルの窓におでこをくっつけて一晩中眺めていました。
現在は花火の使用も規制されているようですが、大紅栄を食べると、そのときの人々の歓喜や熱気がつい昨日のことのように浮かんできます。
素晴らしきりんごの世界。五感だけでなく、眠った記憶まで刺激する、不思議な食べ物です。
2014/11/14
上原 香織
盛岡市生まれ。土手町「鮨たむら」女将。出版社、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動。結婚、夫の転勤を機に弘前市に転居する。現在は夫婦ですし店を切り盛りしながら、青森のおいしいものを探索中。趣味は観光と登山。一児の母。
「鮨たむら」の店舗情報http://www.seijiro.jp/sushitamura/index.html