おいしいりんごが食べたくて。
~じゃいご女将のご試食コラム~
おいしいりんごが食べたくて。
~じゃいご女将のご試食コラム~
空が高くなって、風がひんやりと肌に触れるころ、津軽地方では至るところでさまざまなりんごが並びはじめます。大地の恵みと作り手の思いが詰まったこの宝物を、北東北国出身のじゃいご(=田舎)女将が丸かじり! あなたも、お気に入りの一つを見つけてみませんか。
日本風の名が美しい「ぐんま名月」。黄色い果皮に、霧を吹き付けたような赤色がにじんでいます。日光の当たり具合で色が変化するそうですが、一つ一つが違うので個性的な見た目をしています。この不確かな色合いが、夜ごと形を変えてゆく「月」の姿に重なりますね。群馬県から見るお月さまはこんな感じなのでしょうか。
さて、いただきましょうか、というときに目覚ましい刺激。なんと、香りが花のよう! そういえば、りんごはバラ科の植物でしたね。
果実はやや大きめで、重みがあります。青りんごにしては珍しく蜜が入る品種です。私が食べたものは、霜降り肉のように全体に放射状に入っていました。
果汁の量が秀でています。ちょっとテレビでも観ながらつまもうか、なんて言っていると、ぽたぽた垂れてくるので要注意です。この汁の中にうまみが凝縮されていて、シロップをごくごく飲んでいる感じです。私から一つアドバイスをするとすれば、食べるときには必ずお皿を添えて、汁の一滴まで余すことなく味わいましょう、ということです。
先日、遠方に住む夫の父、つまり私からみて義理の父親から「僕は、青いりんごが好きなんだ」と言われました。ふむふむ、青いりんごね、と市場へ出かけた私でしたが、ちょうど旬だったので「王林」を一箱送りました。
青りんごといえば、軽い甘さと爽やかな風味が持ち味です。しかし、王林はそれだけじゃない、ワンランク上の品質があります。パコンッと勢いよく割れますが、肉質がやわらかく、独特の舌触りがあります。加えてコクがあり、噛むほどに甘みが増すので、この上ない食べごたえが得られます。この満足感が、ふじやつがるとともに日本のりんご生産量トップを占めるゆえんです。
どれを食べても当たりはずれがないような気がします。贈答用でもキズものでも、食味の安定感といったら、ほかに勝るものはないのではないでしょうか。まさに、名前の由来の通り「林檎の王様」です。
もちろん、義父は大喜び。「きっと気に入ってくれるだろう」と思って贈ったものの、予想を超える反応に、青森県民として誇らしい気持ちになりました。
さて、最後は「ふじ」です。
青森県では、この品種が群を抜いて愛されているなと感じます。数あるりんごの中で、一番好きと答える方がとても多いですね。
かための果肉ならではのシャッキリとした食感、たっぷりの果汁に爽快な香り。そして、食べる人を高揚させる黄金色の蜜! すべてがバランス良く備わった、ナンバーワンブランドです。無袋栽培の「サンふじ」は、太陽をたっぷり浴びているので、さらに甘みが強いといわれています。
ふじのうまみの真髄は酸味にあると私は思います。かじった瞬間に、のど元から足の指先まで広がっていくような快い刺激。後から甘みが追ってきて、体中の細胞が奮い立ちます。
ぜひ、一日のはじまりである朝食に。あるいは、疲れた体をいやす夕食後のデザートとして食べていただきたいです。ふじに始まり、ふじに終わる。そんな健康的な食生活を送ってみませんか。
りんごの花が好きです。
弘前といえば、弘前城の桜が街の代名詞となるほど有名ですが、夜桜ともなれば、花見に熱燗が手放せないほど、まだ冷え込みを感じます。それが5月も半ばとなり、津軽平野がりんごの花で白く染められると、空気が緩み、大地が温まって、本当の春の訪れを感じることができます。
もう亡くなってしまいましたが、私の祖父母が初めて出会ったのも、りんごの花が咲く季節でした。晩年は認知症が進み、家族の顔すらおぼろげであった祖父が、ときどき思い出して口にするのが祖母との出会いの場面でした。
「初めて会ったのは、りんごの木の下だったんだ。新しい草履はいでて、まんずめんけがったなぁ(とてもかわいかった)」
縁側で、食卓で、寝床の上で、何度も聞いたフレーズです。つい数分前のことは覚えていないのに、幸せな記憶はいつまでも鮮やかに残っているものなのだと、私の心に深く刻まれました。
それ以来、りんごの花を見るたびに祖父の話を思い出します。一本のりんごの木の下で起きた小さな出来事が、今の私のルーツになっているのです。
時折雪がちらつくようになり、天気の話題が行き交う人々のあいさつ代わりになってきました。ただ、もう半年もすれば、あの可憐な花がまた見ごろを迎えます。そう思うと、これから訪れる厳寒の季節も温かい気持ちで乗り越えられそうな気がしませんか。
青森は、人の心を包んでくれるやさしい場所です。りんごを口にした人が、いつかこの地を訪れてみたい、そう感じてくれることを願います。
2014/12/8
上原 香織
盛岡市生まれ。土手町「鮨たむら」女将。出版社、広告代理店勤務を経て、フリーライターとして活動。結婚、夫の転勤を機に弘前市に転居する。現在は夫婦ですし店を切り盛りしながら、青森のおいしいものを探索中。趣味は観光と登山。一児の母。
「鮨たむら」の店舗情報http://www.seijiro.jp/sushitamura/index.html