第85号 初夏のポルトガル旅行
初夏6月の初めに家内と1週間の予定で、大西洋に面したヨーロッパ最西端にあるポルトガルへ旅行に行って来ました。家内は初めて、私は40年程前、1度列車でポルトガルの首都、リスボンへスペインから行った事があるのですが、列車で大きい橋を渡った記憶だけで、街の様子すらほとんど思い出せません。今回は1週間と余裕もあり、リスボンを中心に後半は北の町ポルトへ3日間程滞在の予定で旅行計画を立てました。航空券と共に、宿泊のホテルやアパートもインターネットで手頃な値段と共に駅からそんなに離れていない中心部を探しました。航空券は1ヶ月程前に予約したのですが、ホテルの方は出発1週間前にワタワタと探し、初日の3日間、リスボン滞在はアパートに決めました。
コペンハーゲンからリスボンへの飛行機は、ドイツのミュンヘンで乗り換え、時間があったので早速、ソーセージと共に、ミュンヘンのビール祭りでも知られているホーフブロイビールの大瓶を頼み喉を潤しました。
ミュンヘンからリスボンへは更に飛行機で3時間以上の旅、少し眠気も感じ、ウトウトしながら、南欧の風景を上空から見ていました。リスボンの飛行場は街外れにあって、着陸時にビルにぶつかるのではと思った位でした。ポルトガルと北欧では1時間の時差があって、時計を1時間遅らせ着陸準備、飛行場では殆ど検査も無く、それ以上に警察や兵隊の姿も見られず、ふっとミュンヘン飛行場では機関銃を持った警察官が場内を行き来していたのとは対象的と思いました。
飛行場で数日利用出来るリスボン市内共通交通券を購入して、旅行案内所でアパートへの行き方を聞き、地下鉄でアパートへと向かいました。午後4時過ぎ、地下鉄は少し混みつつありました。地下鉄の駅から外に出てみたら、狭い混み合った街の中、坂道の中間、幸いアパートは下方で、スーツケースを引きながら、狭い坂道を下りて行きました。その狭い坂道をバスが走り、車で混み合い道脇の歩道は白い石畳、スーツケースの車輪が痛むのではとハラハラしました。末娘からリスボンは坂道が多いから、サンダルで無く運動靴でと言われていたのですが、成る程と思いました。アパートは5階の屋上の部屋、エレベーターが無く、狭い階段をスーツケースを引きずり最上階へ。2部屋のアパートは広々としていて、改築したばかり、台所もトイレも綺麗で、良かったと思いました。窓からは周りの屋根、道路が見られ、上がって来たかいがありました。
早速シャワーを浴び、着替えて中心街へと歩き出しました。海岸と言うより、入江、テージョ川へと降りて行きました。狭い通り道は車と人々で混んでいて、周りの建物は古い建物が多く、中世の町がそのまま残っている感じで、所々に官庁の大きい建物や、また教会が建っていました。コメルシオ広場付近では、その狭い通りに路面電車も走っていて、ちょっとゴタゴタした感じでしたが、ふっと昔の世界を想い、心も温まるのでした。何か美味しい魚料理を食べたいなーと、通りのレストランを数件覗き、かなり混み合っていたレストランへ。両脇を挟まれた様な小さいテーブルに案内され、先ずは白ワインと水を頼みました。家内は英文のメニューから、野菜料理を頼み、私は魚料理を探したのですが、メニューを読んでもピンと来なくて、結局肉料理、ビーフを頼みました。後日、家内から魚料理を食べにポルトガルへ来たのに、肉料理を頼んでと笑われた次第です。それでも、ワインが良かったからか、とても美味しく、隣りに座っていたイタリア人夫婦が盛んに我々の食事を見ながら大声で話していて、南欧は北欧とは気風が違うなと今更ながら思いました。
レストランからの帰り道、狭い坂道と共にグニャグニャに曲がりくねった道をアパートへと、幸い携帯電話のGPSで、遠回りはしたものの、迷わずアパートへ戻って来ました。
翌日は路面電車を利用してコメルシオ広場からサン・ジョルジェ城の丘へと路面電車で行きました。細い道、急斜面で、よく路面電車がスリップしないものだとハラハラしながら、サン・ジョルジェ城の丘に上がったら家々の瓦屋根と共に向こうに大型船の止まった入江が見られとても素晴らしい景色でした。
翌々日、北の町ポルトまでは列車で3時間程の旅でした。座席は予約制で、混んではいたものの、立っている乗客はなく、車窓から山火事跡等が見られ、またリスボンに比べ、田舎は今少し発展が遅れている、貧しいのではと思いつつ、ポルトへ到着しました。到着時は大雨、旅行案内所も無く、どの様にホテルへ行くのかと一寸迷いました。GPSで見てみたら、ホテルまで駅から10キロ、数人の住民に尋ねてみたら、駅からメトロで町の中心部へ行く様に説明され、ホテルの近くまで行く事が出来ました。
ホテルは古い建物、ここも近年内部を改築した様子でとても綺麗で、部屋割りが独特で、広々としていて、バルコニーから真向かいに近代音楽ホール、ガーザ・ダ・ムジカが見られ、ポルトガルは古い建物と超現代建築が混じっていると思いました。
翌日は早速ポルトの名物、名前の由来ポートワイン醸造所の見学へと行きました。30件程の醸造所があるとの事で旅行案内所で予約し、町から大きい橋のあるドウロ川を徒歩で渡り、見学へ行きました。見学の後、甘いポートワインの試飲、とても美味しく4本のポートワインを購入しました。
人口一千万人、ヨーロッパでも小柄な国のポルトガルですが、中世14~15世紀にはスペインと共に世界の大国。ヴァスコ・ダ・ガマがインドへ、そして日本へもポルトガル人が渡り日本では南蛮文化が栄えました。リスボンやポルトの古く狭い街中を歩いていると、その歴史の重みが感じられるのでした。
2018年6月30日
スウェーデン在住、弘前市出身、工藤信彰