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映画ライター・月永理絵の「りんごと映画、時々恋」
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食べ物としてだけではなく、たくさんの側面を持つ果実。物語の中に出てくるそれは、脇役でありながら観る人に強烈な印象を与える。スクリーンの中でもその存在感は変わらず、観る人を惹きつけるーーー。ここでは、映画ライターの月永理絵さんに、数ある映画の中からスポットを当てていただきます。是非、映画と共に観賞してみてください。

Vol.8 りんご酒をめぐるキツネたちの戦い


■ストップモーション・アニメ『ファンタスティック Mr.FOX』

©2019 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
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すっかり寒くなり、りんごが美味しい季節になった。ところでりんごが好きなのは人間だけだろうか。そんなことはないはずだ。りんごが好物の動物は多い。動物園では象や猿のえさにもりんごが使われているし、先日紹介した映画『アダムズ・アップル』を見ると、どうやらカラスも相当のりんご好きらしい。

キツネの好物もやはりりんごなのだろうか。そんな疑問が浮かんだのは『ファンタスティック Mr.FOX』(2009)という映画を見たからだ。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2001)『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)などで知られるウェス・アンダーソン監督が、初めて手がけたストップモーション・アニメーション映画。ストップモーション・アニメとは静止した物体を1コマごとに少しずつ動かし、それをカメラで撮影していく技法のこと。日本ではコマ撮りともよばれている。私はふだんあまりアニメ作品は見ないのだけれど、ストップモーション・アニメを見るのはなぜか好きだ。かくかくとしたぎこちない動きや、アニメと実写が混じったようなふしぎな感触が好きなのかもしれない。この技法自体は、映画の発明初期から、SF映画等での特殊効果としても使われてきた。ただしCG技術が発達した現在では必ずしも主流な技法とはいえない。1コマの間に何十回も人形や背景を動かし、まるで生き生きと動いているかのように見せるのは至難の技。それを長編映画に仕上げるなんて、想像するだけでそうとうの根気がいるはず。だがどうやらウェス・アンダーソンはこの面倒な技法がお気に入りのようで、『ライフ・アクアティック』(2004)という実写映画でも、架空の海洋生物たちの姿をストップモーション・アニメで撮影しているし、日本を舞台にした最新作『犬ヶ島』(2018)もまた『ファンタスティック Mr.FOX』と同じ手法でつくられ、その精巧さがおおいに話題を呼んだ。

©2019 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
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『ファンタスティック Mr.FOX』の原作は、イギリスの小説家ロアルド・ダールの児童文学。原作は、『父さんギツネバンザイ』(田村隆一・米沢万里子訳、評論社)、あるいは『すばらしき父さん狐』 (柳瀬尚紀訳、評論社)として日本でも刊行されている。主人公はキツネのミスター・フォックス。彼は名うてのニワトリ泥棒。農場に忍び込んではニワトリを早業で盗み出す。とはいえ常に危険と隣り合わせの危険な職業でもあり、ときには人間のしかけた罠にはまり絶体絶命になることもある。そんなある日、妻であるミセス・フォックスのお腹に赤ん坊が宿ったと知り、ミスター・フォックスは、今後は危ない泥棒家業から足を洗い、まっとうな生活を送ることを誓う。数年後、息子アッシュと共に、フォックス夫妻は地下の家で暮らしている。ミスター・フォックスの今の職業は新聞記者。豊かではないが安定した生活を送っている。だが地下での暮らしにうんざりしたミスター・フォックスは、見晴らしのいい丘の上、ブナの木の家を購入する。この家はたしかに見晴らしはいいが危険性も高い、と不動産屋は忠告する。丘の向こうには、この谷で最も冷酷な三悪人と呼ばれる三人の農場主たちが住んでいる。養鶏場を管理するボギス。ガチョウを飼育するバンス。そして七面鳥を育てりんご園を営むビーン。万が一三人に狙われたらおしまいだ。だがミスター・フォックスはその忠告になぜか目を輝かせる。

■ミスター・フォックスの狙うりんご酒

©2019 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
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丘の向こうのご馳走を前に、ミスター・フォックスの野生の血が騒ぎ出す。家の管理人であるフクロネズミのカイリを相棒に、再び泥棒家業に手を染める。ただし妻と息子には秘密のまま。まずは養鶏場でたんまりとニワトリを盗み出し、次にガチョウも山ほど手に入れる。次々にご馳走を持ち帰る夫を妻は訝しげな表情で見つめている。父に認められたい息子のアッシュも、なんとか父の秘密の稼業の仲間入りをしようと試みるが、体が小さく変わり者のアッシュを、父は冷たくあしらってしまう。代わりに、家に居候中の甥クリストファソンに目をつける。運動神経抜群のこの甥っ子なら泥棒稼業の役に立ちそうだ。その様子に、アッシュはますますむくれ顔。

ある夜、ミスター・フォックスは、カイリとクリストファソンを連れて、ビーンの地下貯蔵家に侵入する。そこには「Apple Cider」とラベルが貼られた瓶が大量に並んでいる。それを見たカイリが「アップルジュース?」と尋ねるとミスター・フォックスは「ジュースなもんか、これは酒だよ、まるで溶かした純金のように強くて美味しいりんご酒だ」と笑って答える。ビーンは、自分の農園で採れたりんごを使い強くて美味しいりんご酒をつくっていて、自分でも毎晩この酒を飲むらしい。さてこのりんご酒をいただこうと張り切るものの、ここで突如、怪しげな音楽が流れ出す。現れたのは黒ネズミのラット。ミスター・フォックスのかつての宿敵で、今はビーンに雇われ貯蔵庫の警備員をしているという。久々の対決に燃える二人(二匹)。勝負を制したのは、仲間の手を借りたミスター・フォックス。狙い通りりんご酒をたっぷりいただき、ほくほく顔で帰途につく。

ご馳走を手に入れてミスター・フォックスはおおはしゃぎ。だが人間たちも黙ってはいない。なかでも大事なりんご酒を盗まれたビーンは怒り心頭だ。三人は、従業員全員をかき集め、泥棒キツネたちを襲撃する。ミスター・フォックスは尻尾を銃で撃ち落とされ、さらには家も破壊される。一家とカイリは地下深く潜り込みなんとか追っ手から逃れるが、ビーンは諦めない。トラクターで地面を根こそぎ掘り進め、地下に潜ったフォックスたちを兵糧攻めにする。もはや対象はキツネたちだけではない。アナグマ、モグラ、ネズミ、地面の下で暮らすあらゆる動物たちが人間に家を壊され、困窮していく。ミスター・フォックスはみんなに責められながらも、なんとか解決作を見つけようと奮闘する。こうして、人間と動物たちの戦いの火蓋が切って落とされる。

■野生動物として生きること

©2019 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
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キツネと人間の熾烈な戦いを描く一方で、これはミスター・フォックスの家族をめぐるドラマでもある。変わり者の息子は、憧れの父に認めてもらえないことに深い悲しみを抱き、従兄弟のクリストファソンに嫉妬する。母はそんな息子に、変わり者であることに誇りを持つよう優しく諭すが、同時に、自分に嘘をつき家族を危険にさらした夫への憤りも抱えている。

ミセス・フォックスは聡明な人だ。家族ができたのだから安全で地に足のついた生活をしなければ、という彼女の言葉は正しい。それに対し、反省はしているが俺はどうしても野生動物として生きたいのだと夫は答える。新聞にコラムを書くようなつまらない仕事よりも、血とスリルに満ちた泥棒稼業こそ、キツネの本来の仕事というわけだ。彼の主張はある意味で矛盾している。野生動物だと胸を張るわりに彼の立ち振る舞いは実に人間らしく洗練されているからだ。オシャレに気をつかい、盗んだニワトリは丁寧に調理をし、美味しく加工したりんご酒やワインを好み、穴蔵で生活するよりも見晴らしのいい豪勢な家を追い求める。まるで人間の生活そのもの。とはいえ彼らがやはり野生動物だと感じる瞬間もきちんと描かれる。ものを食べるときのすさまじい速さ。ニワトリにがぶりとかぶりつく獰猛さ。そして地面を掘り進める素晴らしい能力。スーツを着て気取った顔をしたキツネたちがときおり見せる動物らしさ。その矛盾が妙におもしろい。

はたして夫婦の思いは通じあうのか? 父と息子は互いをわかりあえるのか? キツネと人間の戦いの行方は? その結末は本編を見てもらうとして、とにかくりんごがたっぷりと登場する映画であることだけは確実だ。皮に星の模様がついた可愛いりんごから、ビーンの妻の手作りだというりんごクッキーも登場する。ビーンのりんご酒は、ただ飲むだけではなく思いがけない攻撃力も発揮する。そして物語の最後は、アップルジュースでの乾杯で幕が閉められる。そういえば、ミスター・フォックスは映画の冒頭から美味しそうなりんごにかぶりついていた。やはりりんごはキツネの大好物らしい。

『ファンタスティック Mr.FOX』<br>
            監督・製作・脚本:ウェス・アンダーソン<br>
            原作:ロアルド・ダール<br>
            脚本:ノア・バームバック
『ファンタスティック Mr.FOX』
監督・製作・脚本:ウェス・アンダーソン
原作:ロアルド・ダール
脚本:ノア・バームバック
出演(声):ジョージ・クルーニー(Mr.フォックス)、メリル・ストリープ(Mrs.フォックス)、ジェイソン・シュワルツマン(アッシュ)
ブルーレイ発売中
¥1,905+税
20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
©2019 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

2020/1/11

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プロフィール

月永理絵

エディター&ライター。『映画酒場』『映画横丁』などの雑誌や、書籍の編集をしながら、ライターとしても活躍している。大学卒業後に小さな出版社で働く傍ら、映画好きが高じて映画評の執筆やパンフの編集などをするように。やがて会社を退職し、現在はフリーランスで活動中。青森市出身で、現在は東京都在住。

映画酒場編集室  http://eigasakaba.net/

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